13-10.クレイラ・ルンプール
クレイラは出産間近の娘を一生懸命世話する。
(娘が妊娠してたなんて……それに気づかなかったなんて、わたし母親失格だわ)
そう思いながら、まだ家には戻らずにいた。そしてしばらくすると娘に子供が生まれた。赤ん坊の世話も含めた忙しない生活の合間に、クレイラは電話している事があった。
「もう、本当に毎日電話してこなくていいって言ってるのに。ちょ、泣かないでよ。わたしは元気よ。うん、そっちは変わった事ない? うん、うん」
クレイラは少し困ったような顔をしながらも、終始笑顔で電話していた。その様子をクレイラの娘は見ていた。電話が終わったクレイラに娘は非難するように聞く。
「恋人?」
「いや! 何言ってるのよ、そんなんじゃないわよ!」
「でも男の人だよね? この二カ月、ほとんど毎日電話来てる」
クレイラは意味もなく携帯電話を後ろに隠し、少し慌てながら答える。
「いえ、本当にただの友人で、他にも女の子だっているのよ?」
「わたし、母さんがあんな顔するなんて初めて見たわよ」
「いや、だからね」
クレイラの弁解など聞かず、娘は下を向いて呟くように話す。
「母さんがいなかった四カ月、父さんから電話なんてあったかしらね。この子が生まれた時来てくれたけど、久々に会った母さんに何て言ってた?」
クレイラの旦那はクレイラに会っても笑いもしなかった。クレイラにかけた言葉は嫌味だった。
「何カ月も家を空けてられるなんて、ずいぶん神経が太いな。なんならもう帰ってこなくてもいいぞ」
クレイラもそれを思い出したが、クレイラは娘をなだめるように言う。
「お父さん、すねてるのよ。怒ってて当然だわ。それにあなたが大変だから、面倒見とけって裏返しの表現かも」
「そうかもしんないけど!」
娘は少し声を上げる。
「わたしは嫌、わたしだったら嫌! 昔は母さんの方が勝手だなんて思ってたし、実際そういうとこあるけど……! 結婚して今の母さん見てて初めて思った。勝手なのは父さんの方だよ! 愛がある、ないじゃない。愛情表現されなきゃ、大切にされてるって思わせてくれなきゃしんどいよ!」
クレイラは娘の肩を抱いて、ゆっくりソファに座らせる。
「……ダルラ、あなた辛いの?」
「父さんよりはマシだよ」
娘はそう言いながら涙を拭く。
「子供産んだばかりで気が昂ってるのよ」
「そうかも。でもさ、その電話の相手どうするの?」
クレイラは携帯電話を見つめながら、そっとテーブルの上に置いた。
「……どうもしないわよ。どうにもならないわ。わたしはこの数カ月の間、自由を満喫できただけで充分。お客さんにだって迷惑かけちゃったし、これからまた生活をやり直すために頑張らなきゃ」
「そう……」
娘はクレイラの顔を見つめる。クレイラの顔は以前より明るくなっているように見えた。電話の相手に会えないのは寂しそうだが、無理をしているわけでもなさそうだと思える。母さんと父さんの関係が今後どうなるかは分からない。でも母さんの心が明るくなった分、何かが少しでも変わるのかもしれない。そう思って心を落ち着ける。
「でも一度見て見たかったな。母さんが心を許した人」
「フフ、見たら驚くわよ」
クレイラはいたずらっぽく笑った。
次回 第十四話 リールの過去




