2-3.共感
午前中が過ぎ、昼食が始まる前、イランは食堂に向かっているラウスを呼び止め、朝に聞いた話をした。
「リールの共感能力? もちろん知っている。けど君、どこでそれを」
「タルタオから聞いた」
「タルタオから?」
イランとラウスが話している所へ、アラドが後ろから近付いてきた。アラドはリールに兄ちゃんと呼ばれている子だ。
「イラン、ラウス。リールを見ていないか?」
「ん? おまえ聞いてない? 今日急ぎで出たよ」
「何?」
イランの返答にアラドは顔をしかめる。
「戻りは明日とか言ってたかな」
「一体どこに行ったんだ……!」
「どこ……あー、どこだろうな」
そういえば行き先を聞いていなかったなと、イランは思った。イランとラウスはそのまま食堂に入って行く。イランの生返事に苛立ちながら、アラドも二人を追って食堂に入った。
改めて朝の話を説明したイランは、「で? 結局どこ行ったんだ?」とアラドに詰め寄られて困っていた。助け舟を求めるように食堂内をざっと見渡す。するとタルタオの丸い黒髪の頭を見つけた。
「タルタオ、リールってどこ行ったんだ? アラドが気にしてんだけど」
椅子に座ろうとしていたタルタオはイランの声に気づき、少し振り返る。
「知りませんよ。わたしに聞かないでください。わたしそこのチンピラ嫌いなんですから」
「なんだと……!」
普段から眉間にしわを寄せがちなアラドが、ますます深いしわを作ってタルタオを睨む。タルタオはそんなアラドの事は気にせず、二人に背を向けたまま椅子に座った。
「おまえら、仲悪かったのか」
イランはアラドが突っかかっていくのではないかと思ったが、アラドはただ睨んでいるだけで、そのまま大人しく席に着いた。
その時、台拭きをお盆に乗せて運んでいたルテティアが、トイレに向かっていたオラデアにぶつかって弾き飛ばされた。
「キャッ」
ルテティアは小さな悲鳴を上げて、尻もちをつく。お盆も台拭きをぶちまけて床に落ち、カラカラと音を立てて回る。
「おい、なんだよ。気をつけろ」
ぶつかられたオラデアにダメージはなく、座り込んでいるルテティアを見ながらぶっきらぼうに言う。
「何よ、でぶ……!」
体の大きなオラデアに怯む事なく、ルテティアは座ったまま言い返した。
「な、なんだと、おまえ!」
ルテティアの思わぬ暴言に、オラデアもつい声を荒げる。
「何してるのよ、あなた達」
座敷に皿を並べていたクレイラが、座敷から降りながら声をかける。
「何もしてねーよ! こいつが……!」
クレイラは「はいはい」と適当な返事をしながら散らばった台拭きを拾って、キッチンに戻っていく。オラデアはふとルテティアの方に振り返ってうろたえた。ルテティアがいつの間にか涙を拭っていたからだ。
「あーあ、泣かした」
「かわいそー」
既に席に着いていたダンとドルが野次を飛ばす。
「だから何もしてねーって!」
オラデアは狼狽して声が大きくなっている。アラドはしかめ面のまま椅子から立ち上がり、ルテティアの腕を取って立ち上がらせた。ラウスはお盆を拾いながらオラデアをなだめている。イランは周りを見渡して手の空いていそうな女の子に声をかけた。
「あーほら、感情が昂っているんじゃないか。女子、連れてってやれよ」
側に寄ってきていたローリーとブルーが、ルテティアを外へ連れ出していく。
「どしたの?」
「なんでもない。ちょっとぶつかっちゃっただけ」
ブルーの問いに答えるルテティアの声は、涙を流した割には冷静だった。本当に一瞬感情が昂っただけのようだ。
少し離れた自分の席でそれを見ていたタルタオは、自分が朝に話した思念――とある青年が死にたがっていると感じた――の事でルテティアが不安定になっているのかと思い、少し気まずそうにルテティアを見送った。
夜になって、タルタオは居住している家のリビングで、不機嫌そうにソファに座った。
「本っ当に腹立たしい」
同じ家に住んでいるラウスはそんな様子のタルタオを気に留める。
「どうしたの、タルタオ。めずらしいね、君がそんなに怒っているなんて」
「ああ、すみません。何か飲むものあります?」
ラウスはいったん自分の部屋に戻り、飲み物の入った黒っぽい瓶を持って出てくる。
「一応聞くけど、君、未成年ではないよね?」
「今年で二十一です」
「へえ、じゃこれでいい?」
ラウスはミニキッチンからグラスを持ってきて飲み物を注ぎ、タルタオに渡す。
「それで、何かあったの?」
「イランですよ。あの人、本当にむかつきます」
「イラン……? 彼と何かあったの?」
「あの人、興味ないくせに優しいふりをして……」
タルタオはもごもごと口の中で言った。聞き取りきれなかったラウスが「え?」と聞き返す。タルタオは一段と顔をしかめて、「いえ」と言った。タルタオはリールとルテティアの話にイランが絡んできたのが、相当に気に入らなかった。リールが許可したとはいえ、うかつに思念の話をする事になった事に腹を立てていた。
「いえ、わかってます。わたしの落ち度です」
「いや、自己完結されると全然わかんないんだけど」
ラウスはタルタオが話し出すのを待ったが、タルタオはただ不機嫌そうにグラスを回している。ラウスは仕方なく話を聞くのを諦め、気になっていた別の話題を切り出す。
「えーっと、そう言えば君、リールの共感能力の事、知ってるんだって?」
「……ええ、わたしもその能力持ってますから」
「えっ! そうなの!?」
ラウスは思わず大げさに驚く。
「レイリール様……いえ、リール程ではありませんけどね」
「と言うと?」
「わたしの場合、リールと違ってコントロールが効かないんです。勝手に人の思念が流れ込んでくる時もあれば、まったく感じない事もある。要は不安定なんです」
そこまで言ってからタルタオはじろっとラウスを見た。
「そういうあなたはどうして共感能力の事を知っているんですか?」
「ああ、ぼくはこの島に来る前に、リールと知り合う機会があってね」
それからラウスは数秒考えこんだ。そしてタルタオに向き直って聞いた。
「タルタオ、君の持つ力はそれだけなんだな?」
「ええ、あの人、リールは特別ですから」
その言葉を聞いて、ラウスはやはりと言うようにこくんと頷いた。
未成年者の飲酒はダメ! 絶対!
次回 第三話 レイリール