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子供の島の物語  作者: 真喜兎
第十三話 クレイラ・ルンプール
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13-4.クレイラ・ルンプール

 子供の島を出発して、ようやく電車を乗り継ぎ終わり、娘の家に向かっているクレイラはダークブロンドの髪の少年との出会いを思い出していた。


(あの子との出会い、結局それで終わらなかったのよねえ)


 娘の家に着いたのはすっかり日も暮れた後だ。クレイラは娘の旦那に挨拶を済ませ、さっそくお腹の大きい娘の代わりに家事をし始めた。






 ホールランドで一人の少年を助け、そのまま数日の旅行を終えた後、クレイラはまたいつもの生活に戻っていた。旦那は黙々と朝食を食べ、その間にクレイラは洗濯物を干している。旦那が仕事に出ていくと、一息つく。


(仕事行ったか……)


 クレイラも仕事はしている。クレイラの職業は理容師だ。自宅の一部を改装してお店にしている。ただ郊外の住宅地の中に家があるため、常連の客以外ほとんど客はない。


(今日の午前中は予約も入ってないし、先に買い物済ませちゃおう)


 客の来ない時間は比較的自由に行動しているのが、クレイラの日常だ。クレイラは靴をひっかけ、とんとんとかかとを入れながら外に出る。その時ふっと近所では見かけない金色の髪の少年が通りかかった。ふっとというのはその少年が突然現れたように感じたからだ。


 少年の金色の目と一瞬目が合うが、クレイラは車のある駐車場にすぐ目を向ける。でもなんとなく気になってまた少年のいた方を見たが、もう少年はいなかった。まるで消えたようにも思えるその少年の存在を不思議に思いながらも、クレイラは車に乗る。


 そしてスーパーで買い物を済ませたクレイラは、駅の近い通りに入った。


(失敗したわ。いつも迂回していくのに、なんだって今日に限って駅前の通りに来ちゃったのかしら)


 駅前の通りは混んでいる。その日は特に混んでいるようで、いくらも動かない内に信号がまた赤になった。


(あー、もうなんだって今日はこんなに混んでるのよ)


 クレイラは少しイライラして、ちらっと歩道の方を見た。


「え? ……え? うそでしょ?」


 歩道の方には見覚えのある背の高い長髪の少年がふらふらと歩いていた。あのホールランドでお金を渡した少年だ。クレイラは慌てて歩道に車を寄せる。その無理な動きに後ろからクラクションが鳴る。


「あー、ごめんなさい、ごめんなさいってば」


 クレイラは一人でそう言いながら、車を脇に止めて少年を追いかけた。


「ちょっとあなた! あなた、この前のあなたでしょ!?」


 クレイラの声に少年は振り返った。少年の目は荒んでいたが、クレイラの事を認めるとその目の光が和らいだ。






「あんた……」


 少年は泣きそうな顔になりながら、クレイラに言われて車に乗り込んだ。


(あー、もうどうするのよ、勢いで連れてきちゃって。ていうかどんな偶然よ。ここホールランドからどれだけ離れてると思ってるの?)


 クレイラは運転しながら隣の少年をちらちらと見た。少年は以前より痩せ、ぼろぼろで力ない印象に映る。


「あなた、どうやってこんな所まで来たのよ」


 あれから一カ月近く経っているのだ。クレイラが渡したお金だけでここまで来れたとは思えない。少年はぼそぼそっと言いにくそうに言う。


「知らない女の人に、お金もらったりして……」

(それってわたしの事か)


 クレイラが心の中で突っ込みを入れている間に、少年はふるふる震えだす。


「キス、したり、体触れば、お金くれるって、言った……から」

「え、それっていかがわしい事したって事?」

「セックスはしてない! セックスは好きな奴とだけだ! あいつとじゃなきゃ……! ちくしょう! ちくしょう!」


 少年は言いながら汚いものを落とすかのように自分の体をこする。クレイラは結局その少年を家まで連れ帰ってきた。キッチンにつき、エプロンをつける。


「お腹空いてるんでしょ? 作っといてあげるから、先にシャワー浴びてきなさい」


 もう数日、路上暮らしをしていると言う少年に風呂を勧める。クレイラは少年がシャワーを浴びている間に食事を作る。


(あーどうしよう。あの子絶対行くあてないわよね? 家に泊める? いやさすがにどうなのよ)


 クレイラが考えている間に、少年はシャワーを浴び終えたようで、脱衣所から声がする。


「あの……すいません」

「ハイ? ハイハイ」


 クレイラは料理を作る手を止めて、脱衣所に行く。少年はタオルを腰に巻いて、ほとんど全裸の状態だった。


(うわ、なんて色気よ、この子)


 少年は痩せてはいるが、程よい筋肉がついており、何より長い首と手足が何とも言えない色気を醸し出している。少年は困ったようにクレイラが渡していた服を握っている。


「あの、服が小さくて……」

「し、しようがないでしょ。今はうちの息子の置いていったので我慢してちょうだい。後で買ってきてあげるから」


 クレイラは少年の色気にあてられて、年甲斐もなくどきどきしながら答える。


「はい……すいません」


 少年はしおらしく返事する。


(若い時なら完全にくらっといってたわね……)


 渋々用意された服を着ようとしている少年を後ろにし、クレイラはキッチンに戻ろうとする。その時少年の背中に何か赤い跡があるように見えた。


(ムチの痕……? なわけないか)






 服を着替えた少年はクレイラが用意してくれた食事の前に座る。


「いただきます」


 少年はきちんと手を合わせてから食べ始める。クレイラはその姿を眺める。


「あなた食べる姿はきれいよねえ。親のしつけがいいのねえ」

「……ママが、そういう事にはうるさかったから」


 少年は丁寧に食事を続ける。


「そういえば名前も聞いてないわね。わたしはクレイラ。あなたは?」

「おれは……」


 少年はなぜか名前を言うのをためらっている。クレイラは事情があるのだと察し、ため息をつく。


「わかった。いいわよ、適当に呼ぶわ。えーっと、ミハイルでどう? わたしが今見てるドラマの主人公の名前よ」

「……はい」


 少年は素直に頷いた。


「じゃあミハイル。あなたどうしてそんな生活してるのかってのは聞いてもいいのかしら?」

「……探してる」

「恋人?」


 ミハイルは視線を下に落としたまま頷いた。


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