13-1.クレイラ・ルンプール
クレイラはくせ毛の黒髪の女の子だ。この子供の島の食事係として働いている。食事を作るのは、クレイラ、アンナ、リントウの三人だ。他にも手伝っている子は何人もいるのだが、メインで料理のメニューを決めて、調理するのはその三人だ。
クレイラはいつものように食事後の片づけを終えて、風呂に入る。その後の寝る前の僅かな時間に美容雑誌を眺める。クレイラはその雑誌の中に出ていたモデルを見て、ため息をついた。
「ハァ、ノーラ。やっぱり美人よねえ。四十代とは思えないわ」
クレイラが見ている雑誌を、一緒に住んでいるブルーが覗き込む。
「あ、その人知ってる。この前テレビの美魔女特集に出てきてたわよ」
「あら、知ってくれてたのね。嬉しいわ。ノーラは若い頃からトップモデルだったのよ。二十八の時に未婚で子供を産んで、それから一人で育ててきたの。わたしその頃からの大ファンなのよ」
「なんで未婚なの?」
同じく一緒に住んでいるローリーも話に加わってくる。
「子供の父親は世界的ミュージシャンの人らしいんだけど、その人は女性の噂が絶えない人でねえ。何とか認知はしてもらえたみたいだけど、結局結婚はしなかったのよね」
クレイラはそう言ってから雑誌のページをめくる。そこにはまたノーラというモデルの写真が載っていた。クレイラはそれを見ながら呟くように続ける。
「わたしその頃から夫との関係に疲れててね。人気モデルだったノーラが当時スキャンダルとして騒がれて、それでも一人で頑張ってた姿に励まされたのよね」
「あんた、結婚してたんだ」
ブルーはまじまじと今は十二歳くらいの子供の姿のクレイラを見る。
「あはは、わたしもう五十過ぎよ? 子供も二人。もう結婚して独立してるけどね」
「旦那さんとは離婚しちゃったの?」
ローリーが少し心配そうな顔で聞く。
「ところがまだなのよねえ。あの人はわたしが娘の所にいると思ってるわ」
「まだって事はいつかするの?」
ローリーの問いにクレイラから少し笑顔が消える。
「……ずーっとしたいと思ってたわ」
ローリーはクレイラの視線に戸惑うようにもじもじした。
「な、なんか嫌だな、そういうの」
クレイラはにこっと笑う。
「フフ、ごめんなさい。若い子はこういう話聞きたくないわよね。さあ、わたしそろそろ寝ないと。今の話は忘れて」
「クレイラは、帰らなくていいの……?」
立ち上がるクレイラに、ローリーはおずおずと聞く。
「……さあ、どうかしら。ただ今はこの生活が楽しいの」
「そっか……」
クレイラはうつむいているローリーに笑顔で「おやすみなさい」と言って、自分の部屋へ入っていった。
それからいつもの朝、カールがキッチンの手伝いに来て、にこにことクレイラに声をかける。
「よお、クレイラ。今日も美人だな」
「やだもう。お世辞言っても何も出ないわよ」
クレイラに気のある風を隠さないカールと、それをまんざらでもなさそうに受け答えするクレイラを、ローリーが見ていた。ローリーは二人から目を逸らす。
「なんか不潔」
「まあわからないでもないけど、ほっときなさいよ」
ブルーが答えるが、ローリーはそんなブルーに反発する。
「不潔なものは不潔だもん!」
その大声が聞こえたクレイラは、ローリーが自分とカールの方を指差しているのに気づく。クレイラは少しため息をついて、ローリーに近づく。
「ごめんなさいね、ローリー。そういうのじゃないのよ。わかるでしょ? カールだって孫もいるような人だし、リントウだっているじゃない」
「ちょっと待て。なんだ、そのわしとカールが関係あるかのような物言いは」
クレイラの言葉を聞きつけて、リントウが口を出してくる。リントウも毛色は違うが、カールと同じ有尾人だ。
「え? 違うの?」
リントウはきつい表情をますますしかめる。
「気色の悪い事を言うな! わしとこいつは金剛輪際、なんの関係もない!」
「それはねえよ、リンちゃあん」
カールは横で甘えた声を出す。
「やかましい! わしはおまえの面見ると、背筋がぞっとするんじゃ!」
リントウがカールに怒鳴っているのを尻目に、クレイラはとにかくローリーに対して取り繕おうとする。
「と、とにかく、わたしとカールがどうこうなんてないのよ」
するとカールはきょとんとした顔をした。
「ん? おれはクレイラとどうこうなりたいぞ? エッチもしたい」
「な、何言ってるのよ!?」
クレイラはカールに抗議しようとするが、その前にローリーが頬を膨らませて真っ赤になった。
「クレイラのバカあ!!」
そう言ってローリーは逃げていく。
「なんだあ?」
とぼけた顔でローリーを見送るカールに、リントウがげんこつを食らわせた。
それから朝食が終わり、少し休憩を挟んだ後、クレイラ達は昼ご飯の仕込みを始めた。クレイラは玉ねぎやジャガイモの皮をむき、リントウは草の芽を取っている。クレイラはカールの「エッチもしたい」という言葉を思い出して、少し赤くなった。
(エッチだなんて、何年振り……いえ、何十年振りかしら……)
リントウもさっきの話を思い出したように、クレイラに声をかける。
「おまえさん、カールのバカと付き合うのか」
「え、いえ、ないわよ。わたしこれでも結婚してるのよ?」
リントウはクレイラの答えに顔をしかめた。
「そんなのあのくそバカに関係あるかい。おまえさんにあいつが起こした女トラブルの数々を語ってやりたいわ。思い出すだけで腹が立つ!」
(……そういう人って事。わたしはからかわれてるって事ね)
クレイラは少し気が抜けたように肩を落とす。しかしリントウはまだ言葉を続けた。
「まあそれでもおまえさんの旦那よりはマシかもな」
「え?」
「おまえさん、ここに来てどれくらい経つ? その間に迎えにも会いにも来ない男なんて、旦那とは言わないだろ」
リントウの言葉にクレイラは思わず瞳を濡らしそうになり、唇を噛む。
「あいつはしつっこいぞ。本当ぶん殴ってやりたいくらいにな」
「やっぱりカールはリントウの事……」
「あほう、違うわ。あいつがわしに持っているのはそういうんじゃない。あいつがおまえさんを好きだって言うなら、まあそれは本当だろ。お勧めはせんがな」
その後もリントウはぶつぶつとカールへの文句を言っていた。




