12-1.不穏
カールは銀色の髪の下半分を刈り上げ、上側の少し長い髪を小さく結んでいる髪型が特徴の男の子だ。男の子と言っても、今の見た目が十二歳くらいの子供の姿なだけで、実際は四十九歳の男だ。
カールは島内の片付けの仕事などが終わると、キッチンの手伝いに行く事が多い。料理に手を出すと怒られるので、主に使い終わった鍋や食器を洗ったりしている。
しかし今日はカールは手伝っていなかった。休みなんかいらない、と言うのだが、リールは無理矢理に休息日というものを作り出し、その日は仕事を休むように言われている。そんな日はカールは暇で仕方ない。グルジアの所へお喋りに行ったり、島の中を探検したり、木彫りの人形を作ったりする。しかしそれも飽きると食堂のいつもの席に座って、ぼーっと仕事をしている子供達を見ている。
ようやく夕食の時間が近くなり、まず取り皿が運ばれてくる。カール達有尾人の食事は個別に用意されるのではなく、大皿に料理が乗せられてくる。それを取り皿に取って食べるのがいつもの食事だ。
今日はポテトとクレイラが大皿を運んできた。クレイラは普通の人間だが、有尾人に対して何の偏見もなく気軽にお喋りするので、カールはクレイラがお気に入りだった。
皿を置いたクレイラがふと、思いついたように言った。
「カール達って、キット達とは全然味の好みが違うのよね」
「なあんで、あいつらと比べられるんだあ? 全然別の一族じゃねえか」
カールはきょとんとした顔で答える。キットとその弟のカットも有尾人ではあるが、日に焼けた黄色の肌に赤茶けた髪だ。浅黒い肌と銀髪のカール達とは毛色が違う。
「おれ達はスパ族。あいつらはハウイ族だろ?」
「リントウも違うのよね?」
「リンちゃんはニウエ族だ。ニウエ族とは付き合いがあったが、ハウイ族の奴らとは付き合いなかったなあ。ハウイ族は海蛮人に媚びを売るプライドのない一族だって、おれ達の部族では噂されてたし」
カールの台詞を、少し間を空けた隣のテーブルに座っているカットが聞きつけて、睨む。
「おれ達は海蛮人と対等に取引していた。媚びを売ってたわけじゃねえ……!」
「噂だって。おれは知らねーよ。そう聞いただけだ」
そう言ってからカールはまた別の噂話も思い出す。
「そう言えば、おまえらハウイ族ならその頭領も知ってるだろ?」
「……ああ」
自分の席で本を読んでいたキットが低い声で返事し、カットもカールを睨んだまま「当然だろ……!」と答える。
「ハウイ族と言えば、有名なのがハウイの巨人だろ。代々頭領の家系は背丈もアレも相当でかいって噂だけど本当か?」
カールの言うアレとは下の話だ。普通の人間社会に比べて、まだ発展途上と言える有尾人の社会では、子作りに重要なアレの話も立派な噂の種になる。キットは表情を崩さず、また低い声で「ああ」と答える。
「おーやっぱり本当なのか。じゃああれもか。頭領の息子はインポで女も抱けねえって」
そこまで言った瞬間にカットがテーブルを叩いて立ち上がった。
「カールゥ! てめえ、それ以上言うとぶっとばすぞ!」
クレイラは「きゃ」と短い悲鳴を上げ、カールは怯んで後ずさる。
「おい、なんだよ。おまえがそうってわけじゃないんだろ?」
「ふざけた事ばっか言ってっと……!」
「やめろ、カット」
今にも掴みかかりそうになっているカットを、キットが止める。キットは深くため息をついた。
「カール、それはおれの事だ」
「へ? ちびなのに? おまえインポなのか?」
今の子供の姿のキットは確かに他の子と比べると、背が低い。だがキットは大人になると、百九十二センチメートルの巨躯になる。それをほとんどの子は知らない。
「大人になればてめえよりでかいんだよ!」
カットは鼻にしわを寄せて怒っている。
「頭領の後継ぎがなんでこんなとこに……ああ、インポだから追い出されたんか」
その言葉にカットがブチ切れて、カールを殴る。アクロスが慌ててカットを羽交い絞めにする。騒ぎを聞きつけて、キッチンの手伝いをしていたポテトもカールを庇うために飛び出してきた。クレイラはキャーキャー言いながらも、食事がひっくり返されないように皿を持ち上げた。
「相変わらず口の滑りのいい奴だよ」
途中から騒ぎを見ていたリントウが呆れたように呟く。
「カット、やめろ」
キットがカットを制する。それでようやくカットは歯ぎしりしながら怒りを抑えた。
「おー、いってえ」
カールは理不尽に殴られた割には軽い調子で頬をさする。殴られた事に対する怒りも憎しみもないようだ。代わりにポテトがカットを睨んでいる。
「おまえインポなの?」
騒ぎが一段落した所で、アクロスが席に戻りながらキットに聞く。キットは返事の代わりに唇を尖らせる。カットはアクロスにも怒りの目を向けた。アクロスはたじたじとなって、カットと目線を合わせないようにキットに声をかける。
「あー、おれの肉やろうか?」
「……優しくしなくていい」
キットは読んでいた本から目を上げずにぼそっと答えた。
座敷の席でのカール達の騒ぎは、テーブル席の準備をしていた女の子達にも当然聞こえていた。ローリーはカールが殴られるのを怯えて見ていたが、騒ぎが治まった事にようやく安心して、ブルーにケンカの原因となった言葉の意味を聞いた。
「ねえ、ブルー。インポって何?」
「あんたそんな事も知らないの」
ブルーはこそこそっと耳打ちする。
「勃起不全……つまり、立たないって事よ」
「立たない? 何が立たない?」
「だから……」
ブルーはまたこそこそっと耳打ちする。するとローリーは声を上げた。
「きゃ、キャアア! 変態!」
「あたしに言わないでよ」
それから食事を終えた後も、ブルーとローリーは何やらケンカするように話していた。
「だから、それが悪いんじゃないってば」
「フーンだ、絶対リールもそうだもん!」
そう言ってローリーは食器を片付けていたリールの元へ走っていった。




