11-2.二人のリール
エドアルドはこの島に来れたおかげで、生きるのに前向きになれた。でも同情してほしかったわけじゃない。君を助けに来たよ、なんて言われていたら、エドアルドはここには来なかった。
イランも思い出す。故郷の国でリールと初めて会った時のこと。イランが声をかけると、リールは振り向いた。金色の目がとても印象的だったのを覚えている。
「まあ……おれも直接助けられた、とかそういう訳ではないんだけど」
「君達が助けられたと思ってないとしても、リールは助けたつもりなのかもしれない」
ラウスはそう言うが、エドアルドはやはり不満そうにしている。イランも顔には出さないがその言葉には抵抗を覚えていた。リールとは対等な関係でいたい。憐みの目で見られているなんて考えたくない。
エドアルドは疑問を続ける。
「そもそもさ、それと子供になる事となんか関係があるの?」
「それは……ぼくはリールがこの島を作った目的は一つではない、と思っている。リールはこの子供の姿の事を実験とも言ってたしね」
そもそもって言うんなら、この島の計画を立てたのが本当にリールなのか? とイランは考える。どこかの組織やリアル教が関係ないにしても、リールの分身だというメサィアがリールにやらせている可能性だって高い。イランがそれを口にする前に、玄関のドアが開いてアラドが入ってきた。
三人の間に漂っている真剣な空気を見て、アラドは不思議そうな顔をする。
「何してるんだ、おまえら」
「ああ、アラド。勉強かい?」
「そうだよ」
「昼の勉強会にも参加してるのに、よくやってるね」
ラウスはさっきまでの雰囲気を忘れて、にこにこしながら声をかける。以前は空っぽな頭をなんとかしろなどと強い言葉をかけたが、こうして素直にその忠告を聞いてくれていると思うと、自然と慈しみたい気持ちが湧いてくる。
「今日は来るの遅かったんじゃない?」
「ちょっとリールと話してたからな」
エドアルドの言葉にも答えながら、アラドは机に座り、参考書を開く。勉強し始めようとしたアラドに、イランが話を聞き始める。
「なあ、アラド」
「なんだ?」
「この計画を立てたのって本当にリールなのか?」
アラドはそれを聞いて、睨むように顔をしかめる。
「何調べてるんだ、おまえら」
「……なぜ、この子供の島は作られたのか」
イランの代わりにラウスが答える。アラドも最初からこの島にいる。だからこの島に関する事を、大なり小なり知っているはずだ。だがラウスが尋ねても、アラドはずっと「おまえに関係ないだろ」という態度をしていた。アラドは今も眉をひそめたが、少しだけ話す気になったのか端的に答えた。
「おれがした」
「?」
「おれが子供にした。だからだよ」
「この島の計画はおまえが立てたって事か?」
イランの問いに、アラドは違うと首を横に振る。
「誰を子供にしたんだ?」
今度はラウスが聞く。
「それを言う理由はない」
「誰がこの島の計画を立てたんだ?」
イランが再度聞く。
「言う必要性は感じねえな」
「アラドが危険になるなら言っといた方がいいんじゃないの?」
エドアルドも口を出す。
「おれが危険?」
「計画が失敗すると、アラドがなんか危ない熱出したりするんでしょ? あ、逆かな。アラドが熱出すと失敗?」
「熱……ああ……」
アラドは思い当たる事があるのか、少し考える。
「おまえがそこまでするのって、やっぱりリールのため……なんだよな?」
アラドは当然だろと言いたげに、またイランを睨む。
「シスコンにも程があるね」
「あ、こいつら本当の兄妹じゃないってよ」
「え! そうなの!?」
エドアルドが驚いている横で、アラドは低く声を出す。
「おい……おれは勉強したいんだよ」
「君から勉強したいなんて言葉が聞けるなんて、感無量だね」
ラウスは警戒しているアラドの気持ちをほぐすために、わざとおちゃらけて言ったのだが、それはアラドの勘に触ったようで、「おまえもう帰れ!」と、突き放されてしまった。ラウスは仕方ないと言うように立ち上がる。
「勉強の邪魔だろうから、漫画借りてくね」
エドアルドがそう言い、ラウスも一緒にイランの家を出ていった。
もう一人のリールが一人掛けの椅子に座っている。そのもう一人のリールは性別が男性で、救世主と呼ばれている。そのリールは天を仰ぐように上を向いていた。そこは精神世界の中で、座っている二人のリール以外は他に何もない。
「ぼくは誰かを救いたかった。メサィア……人を救う者として作られたのだから当然だ」
「少なくとも、サーシャ、キーシャという子達は助けられた」
同じく椅子に座り、性別が女性のリールが答える。
「わずかだがぼくの心は満たされた。だが計画はまだ終わらない。次の目的に移ろう」
「悪魔の計画だ。ただの自己満足のために多くの人を巻き込んでいる」
「人の願いなど、多くがそうだろう? なあ、レイリール。もう一人のぼく。モンスターは目覚めたのか?」
レイリールと呼ばれた女性のリールは足を組んで座り直す。
「ぼくはおまえで、おまえはぼく。モンスターは消えない。それがメサィアの力の源なのだから」
もう一人のリールは軽くため息をつく。
「おまえがオラデアにまで心を許しかけたのには驚いたよ」
レイリールは少し視線を落とす。
「ほんの少し、心が揺らいだだけだ。ぼくにはこの計画が全て。この計画から逃れられない事は充分わかっている」
「そう願うよ。だが計画は思ったより早く終わるのかもしれない。みんなが本当に家族のようになってきたんだろう?」
「そう……だね」
その日、リールは大陸のいつもの港街に来ていた。島の中での生活を余儀なくされている子供達の中には、暇を持て余さないようにアクセサリや小物を製作している子がいる。それらやカイナルの絵を販売するために、リールは街の真ん中の広場に一日露店を出す許可を取ってきた。そこは普段からフリーマーケットが開かれたり、いくつかの露店が並んでいたりする。
売り子をするために島から出てきたブルーとルテティアは、久々の街に浮かれている。姿は子供のままだったが、終始楽しそうに販売活動をしていた。
それからもう一人、有尾人のポテトが珍しく祖父のカールと離れて一緒についてきていた。




