2-2.共感
外では既に食堂を出ていたリールとキットが打ち合わせをしていた。打ち合わせ内容は今日入ってくる荷物の確認だ。
「今日の入荷はこれだけだな?」
「うん」
キットの前だからか、リールはあまり感情を出さない顔で答えている。タルタオはルテティアを連れて、リールに声をかける。
「リール、少しお時間よろしいですか?」
「タルタオ、ルテティア……とイラン」
「おれは発注確認」
名前を呼ばれてイランはタルタオ達の後ろから答える。イランはタルタオ達を追ってきた訳ではなく、リールに用があって来たのだ。
「ああ、じゃあそれはキットに」
そう言われてイランはキットの方へ行き、タブレットを見せる。イランが今開いているのは消耗品の在庫表だ。それを指差しながらキットに聞く。
「これの入荷どうなってる?」
「今日あるぞ」
「じゃ個数これでいい?」
「ああ」
事務的な会話を交わした後、イランは荷物の仕入れに向かうキットを見送る。今日は買い出しはなく、荷物の入荷だけなのでリールは一緒に行かない。
「余計な事かもしれませんが……」
キットとイランから少し離れて、タルタオはリールに用件を切り出す。
「このルテティアという方、この方を通じて妙な思念を感じました。僅かなものでしたので詳細は分かりませんが、一応ご報告いたします」
用が済んで立ち去ろうとしていたイランは、会話が聞こえて足を止めた。
リールはルテティアの三つ編みの下の首に触れる。ルテティアは訳が分からないという顔をしているが、黙ってされるままになっている。
「ああ……本当だね。一瞬だけだけど、君と君を連れてくる時に会った彼の心が共感したのか」
「どういう事?」
口を挟んだのはイランだ。
「あなたに関係ないでしょ」
タルタオが振り向いて言う。
「いや、ルテティアが意味わかんなくて不安がってるだろ」
イランはとりあえず困惑している様子のルテティアを見て言ったが、実際はルテティアが心配になったから口出しした訳ではなかった。なんとなく聞こえた単語に、少し興味をそそられただけだ。
タルタオは話していいものか迷って、上目で背の高いリールの顔を窺う。リールはそれに気づいて「いいよ」と答えた。タルタオはしようがないと言うように、一度深くため息をついてから話し出した。
「共感……って意味分かりますよね?」
「他人と気持ちを同調するってやつ?」
「そうです。共感という力は、多かれ少なかれ人間誰もが持っている能力ですが、わたし達はその力が人よりも強い。その力で人の思念……心を感じる事ができる」
「人の心を読めるって事か?」
「相性や相手との関係性、そして距離にもよりますが、近い事は可能ですね」
そこまで言ってから、タルタオは「ああ」と続けた。
「思考のやり取りまでできる人はごく稀なので、ご安心を。わたしもそれはできません」
タルタオがそう付け足すように言ったのは、ルテティアの訝しむような視線に気づいての事だ。一言も発していなかったが、タルタオが説明した事は少なからず理解できていたのだろう。ふいっと視線をずらして、ルテティアはリールに向き直った。
「あたしを連れてきた時って、この島に来る前のあの雨の日の事だよね? あの人達、何かあったの?」
リールは無言でルテティアをじっと見つめる。リールの感情のないように見える表情に怯みながらも、ルテティアは「お、教えて?」と食い下がる。リールは淡々とした口調で言った。
「恐らくだけど『彼』、死にたがってる」
この『彼』というのは、どこかの家で一人きりうなだれていた黄土色の髪の青年の事だ。その彼は子供の島の住人ではない。ルテティアがリールに連れられてこの島に来る途中の町で出会った青年だ。
その青年は今、人生に絶望していた。その思念をリールは感じ取った。そして一瞬だが、ルテティアにもそんな青年の姿が見えたような気がした。そのせいか事情は何も分からずとも、こみあげてくるものを感じた。実際、ルテティアのグリーンの目からは涙が溢れそうになっていた。
「あの人達、あたし達を助けてくれたよね?」
リールは「うん」と小さく頷く。
「助けてもらったら、助けてあげたいよね……!?」
ルテティアは思わず言葉に力をこめる。リールは少し間を置いて、また「うん」と返事した。
「助けて……あげられないかな! ねえ、リール!」
ルテティアはどうしてそんなにも強い気持ちが湧いてくるのか分からなかった。恐らく共感能力とかいうもののせいなんだろう。イランとタルタオはそんな様子のルテティアを黙って見ていた。リールは静かに口を開いた。
「わかった。ただしこれきりにして。もう島に人は増やせない」
ルテティアは「うん」と頷くと、安堵したように涙を流し、「お願いします」と小さく言った。そして涙を拭って食堂の片付けに戻っていった。
リールも背中を向けてイラン達から少し距離を取り、携帯電話を取り出す。イランはリールの背中を見つめているタルタオを見た。
「おまえらって不思議ちゃんだったんだな」
イランはからかう風でもなく、いつもの澄ました顔で言った。
「何ですか、その言い方」
タルタオはじろっとイランを見てから、少し視線を落とした。
「普通ならあんな思念、放っておくんですけどね。あの人が気にするかと思いまして」
(あの人? リールの事か?)
「冷たいね、おまえ」
タルタオはイランの台詞が少し癇に障ったように横目で睨む。
「仕方ないでしょ。いちいち気にしてたらこちらが持ちませんよ」
「まあそうかもだけど」
イランはあっさりそんなもんかと思った。別にタルタオを非難するつもりで言った訳ではない。
リールはイラン達には聞こえない距離で、携帯電話で話をしていた。
「そう、準備ができ次第出る。キット達とは別で」
リールの電話の相手はヤマシタという男だ。大陸の港で、島に入荷する荷物の受け渡しを主にしてくれている中年男性だ。リールは表情冷たく言った。
「そうだ。このぼくだけ行く。特にキットには気づかれずに来てくれ。またついていくとか言われると面倒だ」
「了解しました。仰せのままに……レイリール様」
ヤマシタはリールをレイリールと呼んだ。