11-1.二人のリール
優しい笑みを浮かべてリールと話していたオラデアを見て、ドルは少し不思議そうに言った。
「なんかおまえ、丸くなった……?」
「変わんねーよ」
オラデアはいつものようにぶっきらぼうに言ったが、その顔は嬉しそうだった。
リールは少し肩を落ち込ませて、席に着く。アラドがリールに声をかけると、リールは小さく答える。
「ん、彼、もう出ていかないって」
アラドにとってその話は初耳だったが、「そうか」とだけ答えた。
キットはずっとオラデアとリールを睨むように見ていたが、二人の雰囲気がもう終わったのものなのだと察した。軽くため息をつき、食事を食べ始めた。
夕食の済んだラウスは、イランの家のソファにどかっと腰を下ろした。
「あー、いらつくなあ」
「おまえ、人んち来ていきなり切れるなよ」
パソコンの前に座っていたイランは呆れたように振り向く。
「だってさあ」
「ラウスってそんな怒る人だったんだねえ」
ラウスが何か言う前に、イランの漫画を置いてある部屋からエドアルドが漫画を持って出てきた。
「あ、あぁ、エドいたの」
「どしたの?」
エドアルドもソファに座る。いつもイランの家に勉強に来ているアラドは今日はまだ来ていない。ラウスはいつもの穏やかな雰囲気を取り繕ってもしようがないと感じると、不機嫌さを隠さず話し始めた。
「ぼくは以前、リールに何のためにこの島を作ったのかと聞いた事があるんだけど」
「うん」
「その時、彼女は『家族がいたら楽しいじゃない?』って答えたんだ。それなのに」
「かりそめの家族、とか言ってたねえ」
エドアルドもその言葉は気になっていたのか、すぐに思い出して答える。
「そうなんだよ、あのバカ。家族のような関係を作りたいと思ったのは、自分じゃないのかって話だよ」
「おまえ切れすぎ。バカとか言うな」
イランはリールがバカと言われるのは気に食わない。ラウスはイランの非難がましい目は気にせず、顎に手を当て考えるように視線を横にする。
「じゃあやっぱり誰かを助けるのが目的……?」
「?」
エドアルドは話が分からないと言うように頭に疑問符を浮かべる。イランはパソコンの前に座ったまま話し出す。
「カイナルと話して知った事があるんだけど、この計画が失敗すると誰かの命が危なくなる……らしい」
「え? なんで今まで黙って」
「いや、ごめん。話すの忘れてた。あとそれだけじゃなくて、その誰かの命を救うために誰かが危険になるって」
「なんかややこしいね」
エドアルドが口を挟む。ラウスは少し考えを巡らせて呟く。この計画に外部の者の関りがないと断言するならば。
「計画が失敗すると命が脅かされる誰か、というのは恐らくアラド、か」
エドアルドは以前イランがアラドの能力の限界を越えたらどうなるんだ? と聞いた時、アラドが「死にはしないだろ」と答えたのを思い出す。
「アラド、死ぬの?」
エドアルドは思わずそう聞く。ラウスは少し首を振る。
「アラドの危険というのは恐らく能力熱の発症だと思う」
「能力熱ってどんな病気なんだ?」
この前の食堂での会話を聞いていなかったイランは、首を傾げて問いかける。
「原因不明の高熱が何日も続く。リールの話だと長いと一カ月。でもそれ自体で死に至る事はない」
「それ自体で、ってのはどういう事だ?」
「高熱中に発狂し、自殺を試みる者が出るらしい」
イランとエドアルドは少し真剣な目になってラウスを見つめる。
「能力熱の存在は秘密で、万が一その発症者が出た場合、ホールランドの管理下に置かれる」
「なぜ?」
「能力熱を発症した者は、メサィアの能力の一部を使う能力者になる可能性が出てくるからだ。能力熱というのはメサィアの能力の影響を受けすぎた者がなると言われている。発狂してしまうのも、メサィアの長い人生を疑似体験してしまうせいだという話がある」
「メサィア?」
またエドアルドは頭に疑問符を浮かべる。
「リールはメサィアの分身だろうって話」
イランはざっくりとした説明をする。
「リアル教の?」
「そ」
「へー、変わってるとは思ってたけど、本当にすごい人だったんだ」
エドアルドは疑いもせずすんなりと話を受け入れる。「話を戻すけど」と、ラウスが続きを話し始める。
「計画の間、危険があるのはアラド。そしてそれを救おうと危険になるのは、恐らく……ローリー」
「その可能性は高いな」
イランが答える。イランはカイナルと話した事を思い出していた。カイナルはローリーの話題を出そうとすると、過剰に反応して話をやめてしまった。ラウスがローリーに聞いたカイナルの台詞、「あんたが一番困るでしょ」という言葉から考えても、ローリーがアラドを救うリスクを負っている可能性は高い。
「誰かもわからない誰かを救うために、アラドとローリーが危険になる計画を立てる……?」
ラウスの言葉にエドアルドはまた頭に疑問符を浮かべた。「誰かを救いたいと思ったから、この島を作ったんじゃないですか」 タルタオがリールにそう言ったとイランは説明した。
「アラドを危険に晒しても助けたい人……相当な重要人物か、それとも相当数の人間か」
「タルタオのあの言い方だと不特定多数の誰かって感じがしたけどな」
「確かに……追い詰められていた『あの人』が、誰かを助けたいと願うのも考えられない事ではないが」
ラウスの言う『あの人』というのはメサィアと呼ばれているもう一人のリールの事だ。だがイランとエドアルドはそれがリールの事だと思い、そんな事するか? と首を傾げた。
「リールはさ、なんでぼくを連れてきたの?」
エドアルドが聞くと、それにはイランが答える。
「ルテティアが頼んだんだよ」
「ルテティア?」
「タルタオがルテティアからおまえの思念を感じて……おまえが死にたがってるって」
ラウスは驚いてエドアルドを見る。
「……今はそんな事思ってないよ」
エドアルドは静かな表情で答える。
「それを聞いたルテティアがリールに頼んだ。おまえを助けてほしいって」
エドアルドが無言でそれを聞いている後ろで、ラウスは考える。
「リールはルテティアの願いを受けて、確かにエドアルドを助けた」
「助けられたなんて御大層な事、ぼく思ってないけどね」
エドアルドは不満そうに答えた。




