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子供の島の物語  作者: 真喜兎
第十話 オラデア・カルパティエ
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10-8.オラデア・カルパティエ

 オラデアは珍しい本気の怒りの表情でキットを見下ろしていた。


「おい、キット。おまえができねーんなら、おれがするぞ」


 キットはオラデアを睨み返す。


「何のつもりだ……!」

「わかんねーのか? もう一度言ってやる。キット、おまえができねーんなら、おれがする。おれを失望させんじゃねー」


 何ができないと言っているのか、キットは理解できなかった。オラデアが自分の言葉を説明するのをキットは待ったが、オラデアはそれ以上は言わなかった。ただ大きくため息をつき、少し落ち込んだような表情で落ちた備品を拾い出す。


「わりーな。やっぱり人殴るのは痛てーわ」


 リールは涙を浮かばせ、嗚咽が漏れないように口元を手で覆う。


「オラデア、ごめん」


 キットはそのリールの様子と言葉に反応した。


「やめろ、他の男の名を呼ぶな……!」


 嫉妬に狂うような形相でリールに近づこうとするキットの前を、オラデアが腕で塞いだ。


「失望させんな」


 オラデアはそれだけ言う。キットにはオラデアの言いたい事が分からない。睨み上げる事しかできず、倉庫から出ていくリールを追う事もできなかった。


 散らばせた倉庫の備品を片付け終えたオラデアは、外に出て、イランと歩いているアラドを見つけた。そのアラドに近寄っていく。


「おい、アラド」


 アラドは振り向く。


「おれ、おまえを応援するわ。おまえも気づけねーんならおれがする。それだけ覚えとけ」


 アラドは唐突で言葉足らずなオラデアの言葉に困惑する。さっさと背中を向けてしまったオラデアにその意味を聞く事もできず、代わりに隣のイランに聞く。


「ど、どういう事だ?」

「さあ?」


 イランにもその意味は分からなかった。






 夏の日差しが暑い日、キーシャは居住区の北側にある広場の奥の林に、オラデアを呼び出した。キーシャは顔を真っ赤にし、睨むようにオラデアを見ながら、上半身をさらけ出した。


「オ、オ、オラ……デア……っ、セ、セ、クス、しよう……!」


 オラデアは少し困ったようにキーシャを見る。


「あのな、おれあんま器用な人間じゃねーぞ? セックスしたら好きになっちまうぞ?」

「す、す、好きだ、から、言ってる……んだよ……!」


 キーシャの顔は必死だ。キーシャは気づいていた。オラデアはリールに好意がある事。そしてリールにも恋愛感情に近い好意がある事。リールがオラデアの事を語る時、嬉しそうに頬を染めて話すのをキーシャは知っていた。


 だがオラデアはそんな事気づいていない。リールはキットとアラドの間で気持ちが揺れているのだと思っていた。オラデアはキーシャが投げ捨てた服を拾って、キーシャにかけた。


「おれを好きになってくれてありがとう」


 キーシャには素直に感謝の言葉が出てくる。キーシャの手をそっと握った。


「いつか大人に戻れたら、二人でデートしよう。だからそれまでは体を大切にしてくれ」


 キーシャは恥ずかしそうに顔をうつむかせたが、オラデアはその後も何度も「ありがとう」と言った。いつの間にか涙が出ていて、キーシャが驚いていたけれども、それでも涙はしばらく止まらなかった。






 オラデアはその後、リールを見かけて広場まで一緒に散歩した。そして誰も近くにはいないだろうという所まで来ると、リールに話し始めた。


「おれ、おまえをしてやる資格なくなっちまったなあ」

「?」


 リールは意味が分からず、オラデアを見る。オラデアは微笑んでいた。


「リール、『幸せ』になれよ」


 リールはその意味を一瞬で理解した。オラデアはリールへの気持ちを諦めたのだ。リールは思い出す。オラデアが能力熱に倒れた時の事。






 リールは熱で浮かされているオラデアにずっと言っていた。


「ごめんなさい、ごめんなさい、オラデア。ぼく、君にお礼がしたかっただけなんだ」


 するとオラデアはあまり回らない口で言った。


「おい、キスしろ」

「でも、これ以上ぼくが何かしたら……」


 リールはオラデアが自分の病気を治せと言っているのかと思った。


「ちげー、こっちだ」


 オラデアは自分の頬を指す。リールは訳が分からなかったが、恐る恐るオラデアの頬にキスをした。


「礼なんてこれでよかったんだよ、バカ」


 熱による苦しみの中でもリールを気遣ったオラデアに、リールは心を打たれた。






「うわああああ」


 リールは思わず子供のような泣き声を上げた。オラデアは驚いて目を丸くする。


「幸せ? 幸せなんて、このぼくに」


 その言葉は言葉になっていなかった。ただ子供のような泣き声だけがリールの口から発せられる。


「わりー、泣かすつもりじゃなかったんだが」


 オラデアはリールの涙の意味を理解していなかったが、とりあえずすまなそうにする。でも以前のようにリールに触れようとはしなかった。リールはもうダメなんだと悟った。


「ん、大丈夫……ごめん、行って」


 泣きながらそれだけ言う。オラデアは少しためらったが、本当に行ってしまった。リールは肩を落としうなだれた。するとまた頭の中で声がした。


(やめろ! 目覚めさせるな!)


 リールは空を見上げた。


「愛されたい……愛されたいなあ……」


 そう呟くと、頭の中の声は忌々しそうに言った。


(モンスターめ……!)






 夕食の時間になった食堂で、リールは既に席に座っていたオラデアに声をかけた。


「オラデア、さっきはごめん」

「……おれの方こそ悪かったな」


 リールはまだ何か喋りたそうに口を開くが、言葉が出てこない。それをキットが睨むように見ていた。


「おい、カット。そこの襖が邪魔だ」

「……おう」


 ほとんど邪魔になっているはずはないのだが、キットは今は僅かに視界を妨げられるのも嫌らしい。「しゃあねーなあ」と言ってアクロスも立ち上がる。襖を外しているカットとアクロスを見て、ダンが「おまえら何してんの?」と聞くが、当のカット達もその理由は分からない。キットはずっとオラデアを睨んでいる。


「ずっと見ていてやるよ。大丈夫。会えなくなったりなんかしない。おれがずっと見ていてやるから」


 オラデアの表情は優しい。隣の席のキーシャが心配そうな顔でオラデアの服の裾を掴む。オラデアはそんなキーシャの手にそっと触れた。


「違うな、おれ達が、だな」


 オラデアは笑顔を見せた。


次回 第十一話 二人のリール

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