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子供の島の物語  作者: 真喜兎
第十話 オラデア・カルパティエ
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10-6.オラデア・カルパティエ

 リールは何か辛そうに顔をしかめている。


「この毒……分解するのに少しかかりそうだ……!」


 オラデアはよく分からないままリールを見ていた。リールを見ていたが、次第にその視界はぼやけてきた。さっきまでクリアだったはずの頭が、今度はぼーっとする。体も熱っぽく汗をかいている。少し冷たい風がそれを冷やし、今度は寒気が走る。ぐらぐらと視界が揺れ始め、オラデアはとうとう立っていられなくなり、崩れ落ちるように倒れた。リールは驚いて駆け寄る。


「オラデア!?」


 リールはオラデアがどこか打ってないか確かめ、それから首元に手を当てた。


「まさか、ぼくのせいか!? ぼくが治そうとしたから、能力熱が……!」


 オラデアの意識はそこで途切れた。






 子供の島でのいつもの昼食を終えたオラデアは、リールを呼び止めた。


「リール。後で話がある」

「ん? ああじゃあ、ちょっと用事済ませたら、オラデアの家に行くよ」

「おう」


 ドルはその様子をなんとなく気にかけたが、今日の午後はダンの魚を捌く手伝いがあるために、特に何も言わなかった。






 オラデアは一週間、熱が下がらなかった。熱に浮かされている間、ずっと金色の髪の少年とも少女とも分からない者の夢を見ていた。その夢を見ながら、時折自分でも気づかない内に叫び声を上げたり、身悶えしてベッドから落ちそうになったりしていた。それでも不意に意識を取り戻して目を開けると、医者や看護師が見えたり、心配そうにのぞき込むリールの顔が見えたりした。


 熱が下がったオラデアは、見ていた夢の内容をほとんど覚えていなかったが、それはその金色の髪の者の人生だったのじゃないかと思えた。


 それからリールは翌々日現れて、涙目になってオラデアが起きた事を喜んだ。その時にはオラデアは気づいていた。タバコを吸いたいと思わない事、(どく)が欲しいと思わない事、右腕が少し動くようになっている事。その全ては目の前で喜んでいるこの少女がもたらした事だと、直感で思った。


 リールは少し頬を染めてオラデアを見ていた。


「オラデア、実は君にお願いがあるんだ」


 リールはとあるプロジェクト――子供の島の計画――が現在進行しているという話を、興奮気味に話した。そしてそのプロジェクトに、オラデアも参加してほしいと言ってきた。


 オラデアは少し迷った。キスしてくれたこの少女ともう少し一緒にいたい気持ちもあったが、そんな怪しいプロジェクトに参加して家を何カ月も空けるなんて、家族が心配して止めるに決まっている。そう思った。


 リールに付き添われて家に戻ったオラデアだが、家族はオラデアが思っていたのと反対の対応をした。父親はオラデアが能力熱を発症したために、ホールランドの管理下に入るという話を聞くと、リールに相当の金額を書いた小切手を渡して、もう家に帰らせる事はなくていいと言った。


 オラデアはショックを受けた。見放されているとは分かっていたが、見捨てられるとまでは思っていなかった。母親も涙を流すだけで止めようとはしない。弟は「いいご身分だよな」と皮肉を言っていた。






(何もねー。おれには何もねー……)


 ダン達と住んでいる子供の島の家で、オラデアは一人頭を抱える。全てを失ったオラデアに残っていたのはリールだけだった。叶うなら、リールに男としての気概を見せて、リールを男として迎えられる。そんな男になりたかった。






 リールはオラデア達が住んでいるコテージハウスに来た。昼間だというのに少し薄暗く感じるリビングの中で、オラデアはラグの上に座っていた。横にはダンのお気に入りの大きなビーズクッションがあり、テレビの前にはドルがやりかけのゲームがある。食べかけのスナックもラグの上に置かれたままだ。リールはオラデアの前に横座りで座る。


「わりーな。仕事あったか」


 オラデアが聞くと、リールは首を振る。


「ううん。君達の話聞くのもぼくの仕事だし」

「そうか」


 オラデアは少し視線を落とす。リールはオラデアが話し出すのを待っていた。オラデアは静かに口を開く。


「リール、おれはこの島を出る」

「え!? なんで……!?」

「おれはこの島には必要ねー」


 リールは悲しそうに顔を歪ませる。


「なんで、そんな事言うの」

「誰もいなけりゃ、おれがしてやろうかと思ったんだけどな」

「?」

「正直辛いんだわ。おまえを見続けてんのも」


 オラデアは少し寂しい笑みを浮かべた。リールはその意味を悟った。オラデアはリールに好意を持っているのだ。


「おれがここでできる事は何もねー。何も、してやれねえ」

「オラデア……」

「おれはおれのできる事を探しに行く。そしてそれが見つかった時、またおまえに会いに来る」

「ぼくに、会いに……」


 リールは言いながら顔をうつむかせた。オラデアはこの島を出ていこうとしている。リールを置いて。リールにはそれが分かった。分かった時、頭の中で声が響いた。


(やめろ……話すな)


 メサィアと言われるもう一人のリールが、リールの精神世界の向こうで眉をひそめている。


(そのまま行かせてやれ……! やめろ……!)


 リールの心の中でリールの声がする。リールはその内なる声の言う通りにはしなかった。ぼそっと呟く。


「もう、会えない」

「何?」

「この島の計画が終わったら、もう会えないんだ……」

「会いに行ってやるって」

「ムリ……なんだよ。もう二度と、会えない……」

「何で?」


 リールは答えない。代わりにリールはオラデアにすり寄ってきた。縋るようにオラデアの膝に手を置く。


(やめろ!)


 リールの中で声が響く。だがリールはその声に従えない。


「い、行かないで……」


 リールはうつむき、声を震わせながら言う。オラデアはそんなリールの様子に少し照れるようにしながら、リールの頭を撫ぜる。


「なんだよ、参ったな」


 リールは自分を必要としてくれているんだろうか。そう思うと決心も鈍ってくる。






 オラデアはリールの頭を抱いてやりたい衝動に駆られたが、その前に家のドアが開かれた。そしてリールとオラデアの様子を見つけたその小さな影が声を上げた。


「何してるんだよ!!」


 オラデアは驚いてリールから手を離す。その影はオラデアから引き離すようにリールの肩を抱き寄せた。


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