10-3.オラデア・カルパティエ
その日の夕食前、リールは満面の笑みで女の子達に語っていた。四月の寒い日、青年達に話を聞いてもらえず困っていた所を、大人のオラデアが助けてくれた事。そのオラデアが礼も要求せず、クールに立ち去って行った事。
「……ってね、彼、すごくかっこよかったんだよ」
「えええええ!?」
女の子達は揃って声を上げる。キーシャは「か、か、か」と、かっこいいという言葉が出ず言葉を詰まらせている。
「それ本当にオラデア!?」
「でぶなのに! ……あ、ごめんなさい」
ブルーが意外そうに叫び、ルテティアは慌てて自分の口を塞ぐ。オラデアももう既に食堂に来て、席に座っていた。
「おまえ、かっこいーな」
ダンがオラデアに言う。
「うるせー、めっちゃ恥ずい」
女の子達の騒ぐ声を聞きながら、オラデアは耳まで真っ赤になっていた。
「アラドは?」
後ろで話を聞いていたラウスがリールに聞く。
「まだ勉強中。兄ちゃんがいるとこういう話できない」
アラドとキット、そしてついでにイランもまだ食堂に来ていなかった。来ていないからこそ、リールはそんな話ができた。アラドやキットの前で他の男を褒めるような事を言うと、どんな嫉妬をされるか分からない。
「ちょっとあなた達、この忙しいのに何の話、してるのよ」
クレイラが取り皿を運びながら、通りすがりに声をかける。
「だって、聞いてよ、クレイラ」
ローリーに説明されると、クレイラも驚く。
「うそおお!? あの子そんなかっこいい事ができる子なの!?」
どうやら女の子達の中のオラデアの評価は低かったようだ。みんな驚きが隠せない。そうやってクレイラも混じってお喋りしている所に、有尾人の女の子であるリントウの怒声が飛んだ。
「こら! 何をくっちゃべってるんだ! さっさと手伝わんか!」
「ハ、ハーイ」
女の子達は叱られて、蜘蛛の子を散らすようにそれぞれ手伝いに戻った。
ようやく女の子達の黄色い声が治まった所で、ドルがオラデアに聞く。
「おまえ、実はもててた?」
「あー? 四人くらいなら付き合った事あるけど」
「うそ!?」
ドルは驚いて、まだ紅潮が治まらないがそれでもいつものぶっきらぼうな顔に戻っているオラデアの顔を見る。
「オラデアっていくつなの?」
ちょうど話を聞いていたエドアルドも話に加わってくる。
「二十四」
「おぉー、結構もて男?」
そう言ってからエドアルドは「ぼく、彼女いた事ない」と付け足す。ドルも「おれも」と呟く。
「おまえら、ソープでも連れてってやろうか?」
ダンの身も蓋もない誘いにエドアルドは難色を示す。
「えー、彼女の方がいい」
「おれも……かな」
ドルもぼそっと呟く。そうやって男同士が喋っている所にもリントウの怒声が飛ぶ。
「おまえらも手伝わんか!」
男達も驚いて立ち上がりかける。しかしそれにはリールが口を出してきた。
「リントウ、彼らの仕事じゃあ……」
ない、と言いたげなリールの台詞を遮って、リントウは答える。
「リール、おまえのやり方が悪いとは言わん。だが少なくともあのエドとかいう小僧が来た辺りから、島の雰囲気は確実に変わってきている」
「ぼく?」
エドアルドが頭に疑問符を浮かべている後ろで、リントウは思い出していた。この島に来た頃のリールの言葉を。
リールはリントウの家の縁側に座り言っていた。
「この一年、家族というものと過ごす。ぼくの道楽だよ。悪いが少し付き合ってくれ」
道楽、リールは確かにそう言っていた。だが、とリントウは思う。
「もうおまえだけの道楽じゃない。もっと信頼しろ」
「不平不満が出たらどうするの」
リールの方こそ不満そうに答える。
「知らん! 何とかしろ!」
「えー」
リールはリントウの理不尽な物言いに抗議したげに唸る。リントウはそんなリールを見つめる。
「おまえは家族が欲しかったんだろう? 家族ってのは損得抜きで付き合える関係を言うんじゃないのか。たった一年でも、本気で付き合える家族を作ってみたらどうなんだ」
リントウがそこまで言った時、サーシャが近くに寄ってきた。
「何で一年なの? 一年が終わって、その後もみんな一緒にいるんじゃダメなの?」
するとリールは無表情な顔になる。
「みんなそれぞれの生活があるからね。ぼくの力の影響を受けているせいで、ホールランドの管理下には入るが、通常の生活に戻る事ができる」
リントウは自分が答える事ではないと思ったのか、長い尻尾を揺らせてそのままキッチンに戻る。その間にサーシャは叫ぶ。
「嫌よ! バカ言わないで! またあの生活に戻るですって? あんたがわたし達を助けたのよ! 最後まで面倒見なさいよ!」
少し甘えた発言に聞こえるが、サーシャにとってこの島に来る前の生活は地獄だった。両親が早くに他界してしまい、弱視のサーシャとどもりのあるキーシャを遠縁の親戚の人が引き取ってくれたが、既に成人していた二人を預かるのを親戚の人は快く思っていなかった。その上でその親戚の子供達――サーシャ達よりも年上の青年達――は、サーシャ達を性の対象に見た。他に行く場所もないサーシャ達にとって、戻りたい場所であるはずもなかった。
リールは静かに続ける。
「もちろん戻らない事もできる。戻れない、子もいる。この計画に関わった君達は、望めばホールランドで特別待遇を受ける事もできる」
「戻れない?」
リールの言葉が気になり、ラウスが口を出してくる。
「例えば、オラデア」
リールはそのままラウスの言葉に答えようとする。
「詳しい経緯は言えないが、彼はぼくの力の影響を受けすぎて、能力熱という症状を発症した。それは四十度前後の高熱が、数日から一カ月の間続く事がある」
「一カ月……!?」
ラウスは驚く。実はラウスは能力熱というものがあるのは知っていたのだが、その症状がそんなにも長い期間続くものだという事は初めて聞いた。
「それ自体で死に至ることはない……が」
リールは話を続けようとするが、そこでサーシャがリールの言葉を遮る。
「オラデアなんかいいわよ! みんなは!? 他のみんなはどうなるの!?」
オラデアへの暴言にも聞こえかねないサーシャの言葉だが、サーシャが言いたいのは特に女の子達がどうなるかという事だった。




