9-5.六?
「あんたさあ、来た頃は他人に興味なさそうな顔してたくせに、なんで今頃人の事嗅ぎまわってんの?」
「え、いや……」
イランは言葉に詰まる。確かに最初の頃は突っ込んだ話なんかしなかったけど、おれってそんな風に見られてたのかと思う。
「まーいいや」と言いながら、カイナルはリビングの中に入る。
「答えられる事なら答えてやるよ。ぼくは寛大だからね」
「え、どこが」
思わず突っ込むと、カイナルは眉をひそめて目の上に影を作る。
「聞きたいの? 聞きたくないの?」
「いや、聞きたいです……」
カイナルはリビングの長椅子にどさっと座り、両腕を背もたれに乗せて足を広げる。そして偉そうな態度で「で、何?」と聞く。一つしかない長椅子をカイナルが真ん中に座り占領してしまったので、イランは床に座る。
「おまえって、この計画が始まる前、四月一日より前からいた……んだよな?」
「そーだよ」
「じゃあ、この計画の目的……もしくは、リールが言ってたリールの個人的な望みってのも知ってるのか?」
「知らない。興味ないね」
「じゃあなんでおまえはそんなにこの計画を終わらせたがってるんだ?」
イランがそこまで言った時、いつの間にかブラックがお茶の入ったグラスを持ってきてイランの前に置いた。
「あ、悪いな」
イランは礼を言ってお茶を飲む。ブラックはカイナルにもお茶を渡す。
「ありがと」
カイナルは一気に飲み干し、眉間にしわを寄せながら答える。
「それについて答える気は一切ないね」
「なんかローリーが困るとかなんとか……」
イランがそう言うと、カイナルはばっとソファから立ち上がる。そして怒ったような足取りで、玄関の手前の個室のドアを開ける。
「もう用はないね!? ぼくは忙しいんだよ!」
それだけ言い捨てて、部屋に入り、乱暴にドアを閉めた。イランはカイナルを追いかけず、ブラックに声をかける。
「ブラック、おまえは?」
ブラックはミニキッチンでごそごそしていると思ったら、お茶菓子を持ってきた。
「あ、悪いな」
イランは二度目の礼を言う。
「おまえも座れよ。ちょっと話しにくい」
ブラックにそう言うと、ブラックはイランに長椅子に座るよう指差す。イランは手を上げて断り、代わりにブラックに長椅子に座るよう促す。ブラックは黙って座り、そしてお茶を握って静かに答えた。
「おれは何も知らない」
お茶を飲んでいるブラックを見ながら、イランは質問を続ける。
「おまえは、計画が始まる前にリールに会った……んだよな?」
「ああ」
「なんでこの島に来る事になったんだ?」
ブラックは目を静かに動かしてイランを見る。
「言う理由はない。だがおれにはリールが全てだ。リールが望みを叶えるために力を貸してほしいと言うのなら、迷わず手を貸す」
ブラックの言葉は真っ直ぐだった。イランはまたいつかの夜にリールと抱き合っていた影を思い出す。
(五角関係……いや、あの影がこいつ? でもちょっと身長が違うような……)
ブラックも背が高い方だ。もううろ覚えだが、あの影は背が低かったはずだ。
「ちなみにおまえって歳いくつ?」
「知らん。姉は今の法王が即位した年に生まれたと言っていた」
「法王バイロト・アンダマン……十九年前だな」
イランは|(思ったより若いな)と思った。ブラックの落ち着きは十代の青年のそれではない気がする。自分の歳もよく分からないなんて、どこでどんな人生を歩んできたんだろう。
イランは少し興味が沸いて、ブラックに尋ねる。
「おまえってどこ出身なの?」
「イダリスミア」
「貧富の差が激しいとかいう国だな……おれはジャポン出身」
「知らん」
話を聞くに、どうやらブラックはジャポンで義務教育と言われている教育もほとんど受けた事がないようだった。相当に貧しい家庭に生まれ、親はなく、年の離れた姉に育てられてきたと言った。
「教えてやるから、おまえも勉強しろよ」
イランがそう言うと、ブラックはお茶の入ったコップを見ながらこくんと頷いた。
メサィアの御所と言われるホールランドの洞泉宮殿。そこにいつものようにもう一人のリールが法王バイロト・アンダマンと面会していた。もう一人のリールは変わらず頬杖をついて物憂げな顔をしており、バイロトは腰を曲げて座っている。
「あなたとこうしてお話しするようになってから、もう十九年になりましたね」
バイロトが柔和な表情で話しかける。
「ん? そうだったかな?」
もう一人のリールは表情を変えずに答える。
「あの頃のあなたは、わたしよりもお歳を召しておられるように見えた……」
「……ぼくが死ぬ前の話?」
「ええ。あなたは一年前、確かに亡くなられた。でもすぐに今のようなお若い姿で復活なされた。まさに神の御業でした」
「ん……ぼく死ぬ前の事はあまり覚えてないんだよね」
「あなたは以前も聡明でお優しい方でしたよ」
もう一人のリールはそれを聞いても表情は変わらず、視線を下に落としたままだった。
ブラックと話し終わって、イランが腰を上げようとした時だった。カイナルが入っていった部屋のドアが、ばんっと荒々しく開かれた。
「ちょっとブラック! ぼくのテレピン油どこ!?」
ブラックは軽くため息をついて立ち上がる。
「いつもの所に置いてる」
「知らないよ! 勝手に片付けるなよ!」
イランはブラックを追いかけるように、カイナルが絵を描いている部屋の入り口のドアに立つ。
「おまえも大変だな」
「いつもの事だ」
ブラックは棚からテレピン油を取り、カイナルに渡す。その部屋には画材道具が棚に並び、たくさんの絵が床に積まれるように置かれていた。
「そう言えばカイナルって絵を描いてるんだったな。見てもいいか?」
「ハ? ただじゃないよ!」
カイナルの物言いに慣れてきたイランは構わずに絵を拾い、見始める。イランに絵心はないが、カイナルの才能は確かなもののようだ。多くは風景画で、たまにこの島の住人らしきものが描かれている物もある。カイナルは言うだけで実際に何かを要求したりはしない。今ももうイランには構わずキャンバスを睨みつけていた。




