1-4.子供の島
大人の姿に戻った時は体にひどい痛みが走ったが、子供の姿になると今度はひどい眩暈が起きる。その眩暈が治まると、キットはぶかぶかな服を脱ぎ、子供用の服に着替えだした。
アラドはキットの汗がついた手を服にこすりつけながら、荷物をリヤカーに乗せているリールに声をかける。
「リール、行こう」
「おい、アラド。おまえも運ぶの手伝えよ」
カットが声をかけるが、アラドは不機嫌そうに顔をしかめる。
「どっかのバカのせいで疲れたんだよ」
「バカ?」
キットがバカ呼ばわりされた事に、カットは少しムッとする。
「兄ちゃん、ぼくは……」
「ああいいぞ。おれ達で運んでおく」
リールの言葉を遮るように、キットが愛想のなくなった顔で口を挟む。するとカットも「しようがねえな」と息をつく。
「ごめん、もうすぐ手伝いの子達、来ると思うから」
「わかってるよ」
カットは軽く手を上げて作業に戻っていく。リールは待っているアラドの元へ走っていった。
「それで……おれは何をすればいいわけ?」
イランは椅子の上で足を立てて、行儀のいいとは言えない姿勢でラウスに問う。これはイランがリラックスしているせいだ。ラウスに態度悪く接しようとしているわけではない。ラウスもそれは気にならないように答える。
「ぼくの仕事の手伝いだ。メサィアやリールに関する情報の収集。それらの分析。そしてこの島にいる子達のサポート。君のできる範囲でいい」
イランは少し考える。この島でできる事を考えて、要はこの島の住人に話を聞き、それで何かあれば対処すればいいという事なんだろう。それくらいの事なら興味もなくはないし、リールに迷惑かける事もなさそうだ。
「もちろん報酬も用意するよ。スポンサーから資金は自由に使っていいって言われているからね」
「スポンサー?」
ラウスの後ろに隠れている影。ラウスが仕事でリールの事を調べようとしているのなら、その依頼人がいて当然だ。そいつはリールの事をどう考えているんだろう。
イランの考えは顔に出ていたようで、ラウスは少し困ったように笑った。
「そんなに不審がらないでくれよ。そのスポンサーもぼくも、君達の味方だよ」
イランは軽く頷いたが、その言葉を信用するかしないかの答えは保留にした。でも仕事を蹴るつもりはない。仕事を受けるという事は逆にリールや自分達にとって不利益な事を知るチャンスでもあるのだから。
ラウスはイランの理解が早く、話の早い性格に満足して、一人頷いた。
港から続く林を抜けると上り坂になり、古い造りの家屋が見えだす。そこに人が住んでいる気配はない。さらに奥に行くと、新しめのコテージハウス風の建物が並ぶ一画に出る。建物同士は古い石垣や、並ぶ木々で分断されている。リールとアラドはそのコテージハウスの中の一棟に向かっていた。
石垣の角に差し掛かった時、向こうからも人が来るのが見えた。だが向こうはこちらに気づいていなかったようで、出会い頭に悲鳴を上げた。
「きゃあああ!」
「……うるせえ」
アラドが少し眉をひそめて言う。
「あははあ、ごめーん。あ、おかえり、リール」
栗色の髪をボブにしたその子はローリーだ。プリントTシャツとキュロットパンツの似合う可愛らしい女の子だ。少し幼い顔をしているが、やはり十二歳くらいの少女だ。
「ただいま、ローリー」
キットの前での無感情な顔はどこへやら、リールはにこにこ笑顔でローリーに挨拶する。ローリーは手を後ろに組み、背の高いリールを可愛らしく上目で見る。
「リール達の洗濯物、置いといたからね」
「ありがとう。お仕事ご苦労様」
「うん、また後でね」
ローリーは軽く手を振って駆け出していく。リールは笑顔でその背中を見送ってから、アラドの後に続きコテージハウスの中へ入った。
そこはリールとアラドが居住している家だ。中に入るとソファとテレビの置かれたリビングがあり、奥にはミニキッチンが見える。個室は二階と合わせて三部屋ある。
アラドはリールをソファに座らせて、不機嫌そうな顔のままリールの膝を枕に寝転んだ。
「兄ちゃん」
リールは戸惑ったような顔をした。手の置き場に困って、宙で泳がせる。アラドは表情を隠すように腕で目を覆った。そしてぼそっと呟く。
「あまり大人には戻すな。ガキ共ならまだしも、男がおまえの側にいるのはむかつく」
アラドは大人になって戻ってきたキットが相当気に食わなかったらしい。でなければこんな甘え方はしてこない。リールは何を言っていいものか分からず、アラドが寝入るのを待った。
イランの家はリール達の家の横の道を挟んだ向かいにある。ラウスは指を交互に組んだ手をぎゅっと握る。
「それとこの島、子供だけしかいない子供の島。頻繁に港町に買い出しに行かなければいけない手間をかけてまで、なぜこの島は作られたのか。ぼくはそれを知りたい」
「……リールに直接聞けば?」
イランは当然の提案をする。しかしラウスは肩をすくめた。
「いや、聞いたんだけどね。『家族がいたら楽しいじゃない?』って」
「家族……ね」
イランはその言葉を頭の中でも反芻する。そして視線を横にやりながら言った。
「なら……さ、みんなのサポートって部分に関しては報酬はいらないわ。リールは家族って言ったんだろう……? 家族のサポートするのは、当たり前だろ」
イランの言葉にラウスは目を丸くした。感情の起伏が少なく、他人への興味も薄そうなイランがそんな風に言った事に驚いた。思わず笑みがこぼれる。
「ハハ、思ったより人情家なんだね。嬉しいよ」
ラウスは垂れ目を優しく細めながら笑った。イランは少し頬を染め、照れ隠しに「うるせ」と言った。
リールは寝入ったアラドの頭を、そっと自分の膝から下ろして外へ出た。コテージハウスの並ぶ道を抜けて、島の真ん中の広場に来る。そこからは大陸とそこから続く水平線が見える。潮の香りを嗅ぎながら、リールはゆっくりと深呼吸した。
ようこそ、子供の島へ。ぼくらは君を歓迎するよ。
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