8-6.ダン・バハ
ダンの視線の先に気づいたアクロスが、サーシャ達にも聞こえそうな声で軽口を叩く。
「おまえってサーシャの事、好き?」
「な、なな何言ってんだおまえは!?」
ダンは驚いてうろたえる。
「おれ結構こういうの鋭いよ?」
「バ、バ、バカ! あんな美人が、おれなんか相手にするわけないだろ!」
サーシャは何も言わずに歩いていく。キーシャは後ろの喧騒に軽く目を向けていた。
サーシャ、キーシャの家はアクセサリーなどの小物や、化粧品などの瓶があちらこちらにある。キーシャが座っているサーシャの髪を梳かしている。すると櫛が少し引っかかる。
「痛いわよ、ブス」
突然サーシャが暴言を吐く。キーシャは櫛を引っ張り下ろし、怒ってサーシャを指差す。
「お、お、おんなじ顔だろ! おまえなんか……!」
サーシャは立ち上がり、キーシャの方を向く。
「美人だって言われたのはわたしよ! あんたじゃない!」
二人はそれから取っ組み合いのケンカを始めた。髪を引っ張り合い、物を投げ、他の子供達が知らぬ所で激しいケンカを繰り広げた。
翌朝、ダンとオラデアがゴミを回収している時、ブラックと鉢合わせた。ブラックは昨日ダンの家に来たように、箒とバケツ、雑巾を持っている。
「掃除したばっかだろ?」
「あんたの所じゃない。サーシャとキーシャ」
ダンはそれを聞いて思わず「おれも手伝うか?」と口を出した。ブラックは少し無言になる。
「おれはゴミ持ってくぞ」
オラデアはそう言いながら、既にゴミ袋を持っている左手で、ダンのゴミ袋を取ろうとする。しかし膨らんだゴミ袋を片手で二つも持つのは無理があり、一度落としてしまう。仕方なくオラデアはそれを拾い、一つを左手の脇に挟んで右手で支え、もう一つを左手で持って歩いていく。
「……いいけど」
そんな変な持ち方をしているオラデアを見ながら、ブラックが遅い返事をした。
サーシャとキーシャの家に来ると、玄関にアンナがいた。アンナはダンを見つけると、あからさまに不機嫌そうな顔をする。
「なんであなたが来てるのよ」
「い、いや、単にブラックを手伝ってやろうかと」
アンナがいると思わなかったダンはたじたじと答える。
「変な事したら食事抜きよ」
「ハイ……」
サーシャ、キーシャの家に入っていくと、部屋内には割れた花瓶や、皿、コップ、化粧品、服などが散らばっていた。
(うお、壮絶)
まさかこんな荒れた状態になっているとは思わなかったダンは息を呑む。ブラックは慣れているのか、黙って割れ物から片付けだす。ダンもそれに倣って片付けだした。
「サーシャ! キーシャ! いい加減にしなさい!」
アンナの怒声が部屋の奥から聞こえた。見ると双子は取っ組み合いでもするかのように絡んでいる。
「だ、だ、だってこいつが!」
キーシャがどもりながら叫ぶ。
「うるさい! あんたが不細工なのが悪いんだ!」
サーシャも叫ぶ。二人の声を聞きながら、ダンは変な事に感心していた。
(おお、あいつらってあんなに喋るんだな)
この双子は普段は女の子同士でさえもなかなか喋っているのを見る機会がない。二人では何か喋っているようだが、声が小さく聞こえる事はない。怒鳴り声なんて初めて聞いたようなものだ。
「ちょっとダン! あなた服には触らないで!」
アンナがダンを見咎めて言う。ダンが慌てて手を引っ込めると、サーシャが悲鳴にも近いような声で叫んだ。
「誰かいるの!?」
「いつもの通りブラックがいるわ。あとダンも今日は手伝いに来てる」
アンナが言うと、サーシャは憎々しげに顔を歪める。
「ブラックなんかいいわよ! なんで他の奴が……!」
サーシャはそれ以上は言わず、手で自分の口を塞ぎ、階段の手すりを探して二階へ上っていった。それを追いかけてキーシャも二階の部屋に入る。部屋内ではまたもやケンカをしているような話し声が聞こえた。
(おれが来たらダメだったのか……ちょっとショック……)
ダンは少し落ち込みながら、また片付け始める。アンナもため息をついて、散らばった服を拾いあげた。
アンナは片付けながら少し話し出した。
「サーシャ、あの子視力が弱いの。知ってるでしょ。全く見えないわけではないみたいなんだけど、あなたがいた事、気づいてなかったみたいね」
「そ、そうか」
「……幻滅した?」
「何がだ?」
ダンは意味が分からず、アンナを見つめる。アンナが言い淀んでいると、ブラックが代わりに喋りだした。
「あいつら、今回だけじゃない。ひどいと月に何回かある。今日あんたに知られたから、多分明日もある」
そういえばたまにゴミの中に割れた化粧品とか花瓶とかあるな、とゴミを処理する係をしているダンは思い出す。
「なんでおれに知られたらダメなんだ?」
その問いにはアンナが答えた。
「別にあなただからじゃないわ。あの子達、実は結構気性が荒いのよ。でもそれを他人には隠したがってる」
「なんで隠したがるんだ?」
「幻滅されたくないからよ」
「なんで幻滅するんだ?」
アンナはじろっとダンを見た。ダンは少したじろぐ。
「……あなた、思ってたより人がいいのね」
「?」
アンナはまた視線を落として言った。
「ドルがうるさいのも少しわかる気がするわ。あの子、今朝も来てた」
「ドル?」
何の事か分からず聞き返すが、アンナはそれには答えない。
「あなたの事、好きにはなれないけど、少し、見直したわ」
それだけぼそっと言うと、アンナは黙々と片づけを続けた。
「ど、どういう事だ?」
ダンは突然のアンナの変化に意味が分からず、ブラックに尋ねる。
「知らん」
もちろんブラックに分かるわけもなかった。
昼食時、リールがにこにこと満面の笑みを浮かべながら、ダンに声をかけてくる。
「やあ、ダン。今日サーシャ達の所、片付けてくれたんだって? 業務内容に入ってないのにありがとう」
「いや、別にあのくらい」
「報酬につけとくからね」
「いーって。大した事じゃねーよ」
「でもブラックにもつけてるし」
「おれはちょっと手伝っただけだよ」
「じゃあ今度の休み増やす?」
「気ー使うなって。おれが好きでやったんだからよ」
「わかった。じゃあ次回からつけとく」
「いーってのに、しつけーな」
ダンは最後呆れ気味に言った。




