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子供の島の物語  作者: 真喜兎
第八話 ダン・バハ
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8-5.ダン・バハ

 ダン達の住んでいるコテージハウスのドアをノックする音がした。「ハイハイ」と返事をしながらドルが家のドアを開ける。


「あ、ブラック」


 そこにいたのは寡黙なブラックだ。なぜか(ほうき)とバケツ、雑巾などを持って立っている。


「うわ、やべ! 今日おまえが来る日か!」


 ドルの声を聞いてブラックが来たのに気づいたダンは、ビーズクッションの上でもがきながら慌てて立ち上がる。


「頼む! 五分、いや十分待ってくれ!」


 ブラックはそう言うダンには構わず家の中に入り、ダンの部屋のドアを開ける。ダンの部屋には服や雑誌、DVDのケースなどが散らばり、ゴミと思われる物もその辺りに落ちている。ブラックは不快だとでも言いたげに、少し片眉を上げる。


「ひと月でよくここまでできるな……」


 ブラックはダンの部屋の掃除を始めた。ダンの部屋のDVDケースや、雑誌をまとめて紐で括っていく。


「た、頼む! 今回だけは見逃してくれ!」

「前も聞いた」


 ダンの悲痛な叫びを、ブラックは低い声であっさりと退ける。


「前も思ったんだけどさ、なんでブラックがダンの部屋掃除してんの?」


 ドルはダンの部屋を覗き込みながら聞く。


「あー、アンナに頼まれてるらしいぜ」


 オラデアがそう答えたが、ブラックはまとめた雑誌やDVDケースを運び出しながら否定した。


「アンナじゃない。アンナはリールに頼んだ。そしてリールがおれに頼んだ。だからおれがしてる」

「なんで?」

「? リールが頼んだからだ」


 ドルの問いに意味が分からないと言うように、ブラックは繰り返して言った。


「じゃなくて、なんでアンナがそんな事頼むの?」

「知らない」


 ブラックは作業を続けながらあっさりと言った。ダンは観念してビーズクッションに座り込む。


「あー、おれがこの島にふさわしくないと思ってるからだろ」

「これが、って事か?」


 オラデアが成人向けのDVDや雑誌を指差して言う。


「それも、だな。リールはこういうのに寛容なんだが、アンナはダメだ。あいつはこの子供の島を子供の島らしくしようとしてる一人だからな」

「だからってなんでダンだけにこんな……」


 ドルは片付けているブラックに少し非難の目を向けながら言う。ダンはビーズクッションに頭を預けて、半分寝てるような姿勢になる。


「おれが人殺しだったって話はしたろ?」


 ブラックの手が一瞬止まる。


「その単語やめろって。おれそーいう話、苦手なんだよ」


 オラデアは嫌そうに片耳に指を突っ込む。


「おまえ、ホントそういうの弱いよな」


 ダンはオラデアのそういう所が好きだった。






 ドルは運び出されるゴミなどをじっと見つめている。ダンの代わりにダンの大切な物まで捨てられないか見ているのだが、ダンはそれに気づかない。ただ話を続ける。


「おれの親友はよ、デモ隊の方へ行った。おれはそれが理解できなかった。理解しないまま、デモを制圧する(がわ)にいた。そして親友が死んだと聞いた時、初めて自分がしている事に疑問を持った。その時にリールと再会して、初めて誰かが生きているって事がこんなにもいい事なんだと気づいた。そしておれはようやく戦えなくなったんだよ。それがいい事なのか、悪い事なのかはわからないけどな」


 ダンはドルの顔は見ずに続ける。


「その後またリールに会って、この島の計画にスカウトされた。けど姿だけ子供になったって、おれは子供にはなれねーよ。手は血まみれでなーんも掴めやしねえ。せいぜい大金もらってパーッと使っちまうくらいだな」


 ドルもダンを見ていなかった。見ていなかったが聞いていた。


「くそっ、タバコほしーな。女ってのは臭いに敏感だからな。強制禁煙てのはきついぜ」


 ダンは口元で手を揺らす。


「おれは禁煙した」

「おれ未成年」


 オラデアが言うと、ドルも答える。ダンは「カンケーあるか?」と言い、ドルは「えぇー」と非難の声を出す。


 ダンの話を聞きながら作業していたブラックは、雑誌、DVDなどを置いて帰ろうとする。


「没収しないのか?」


 ダンが聞くと、ブラックは低い声で答える。


「今回だけだ。お互い様だからな」


 そう言って帰っていった。


「あいつもアダルトビデオため込んでるって事か?」


 オラデアがとんちんかんな事を言う。


「ちげーと思うよ?」


 ブラックの生真面目な性格を知っているダンが答える。ダンは話を聞きながらも、間の抜けた台詞を挟んでくるオラデアを見て言った。


「おめーはおれの癒しだな」

「なんだ、その気持ち悪い発言。おれそっちの趣味はねーぞ」

「おれもねーから安心しろ。女の尻が好きだと言ったろ」


 ダンはオラデアには平気で下品な言い方をする。


「……おれはダンの事、好きだよ」


 ドルは立ったままぼそっと言った。


「おまえそっち?」

「バカ! 違う!」


 ドルはオラデアに大きな声を上げてから、その後少しうつむきながら言った。


「おれは、ダンのおかげで、もう(・・)殴られ(・・・)なく(・・)ても(・・)いい(・・)んだ(・・)って思えたから」


 ドルは思い出していた。子供の島に初めて来た頃、共同風呂にこそこそと一人で入ろうとしていた時にダンが来た事。ドルの体には育てられた叔父さんに殴られた痕がいくつも残っていた。体を隠して怯えるドルの頭を、ダンはわしゃわしゃと撫ぜて、何も言わずに風呂に入っていった。


 ドルの言わんとする事はダンでも分かった。


「ハハハ、バーカ。ほらもう飯の時間だぜ」


 ダンは立ち上がり、ドルの頭をわしゃわしゃと撫ぜた。






 食事の後、外に出たダン達はちょうど先に出たばかりのアクロスに声をかけられた。


「おーい、ダン。今度おまえのコレクション貸してくれ。あのローリー似のやつでいいぜ」

「バカおめー、声でけーよ。あれは捨てた。もったいなかったけど」

「じゃー他のでいーや」

「てかイランとこ行けよ。あいつのとこに隠してあるから」


 ダンとアクロスが話している間に、食堂から双子の女の子、サーシャとキーシャが出てくる。


「どいて」


 小さいがはっきりした声。


「うお」


 ダンは慌てて横に飛びのき、両手を上げて直立不動の姿勢で双子を避ける。サーシャ、キーシャはそのまま何も言わずに通り過ぎる。そのサーシャだけを、ダンは目で追っていた。


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