8-1.ダン・バハ
この子供の島ではみんなそれぞれ家事を分担し、それを仕事としてこなしている。その日の朝、リールはいつものようにキットと入荷する荷物の確認をしていた。そこへリールを除いた子供達の中で一番背の高いダンが来て声をかけた。
「おーい、リール。そろそろ出るか?」
「ああ、うん。ごめんね、今キット達と今日入荷分の食材確認してて」
「別にゆっくりでいいぜ」
ダンは邪魔しないように少し離れて止まる。
「……ああ、おまえ今日から休みか」
キットはダンを見ながら、ダンがなぜ声をかけてきたのか気づく。
「おう、明後日までな」
「おまえ、休みまとめてもらってんの?」
アクロスも口を挟んでくる。子供達は交代で島内の片づけや家事仕事を休む日を取っている。
「週一なんてだるいだろ。月三日でいいから、まとめてくれって言ったんだよ」
ダンが答えている間にキットはリールの方を向く。
「じゃあ今日はリールも行くんだな?」
買い出しの予定がない日はリールも島内に残っているのが通常だ。だがリールが「行くよ」と答えたので、ダンとキット達は一緒に島の西側の港に向かった。
ボートに乗ったダンは、海を見ながら座席に座る。アクロスは運転しながらダンに話しかけた。
「休みって島外に行くんだな」
「ああ、適当にホテル取る」
「じゃあ大人に戻してもらうのか」
「戻してもらえる事知ってるのか。まあ当然だろ。ガキの姿で街に行ってもやる事ねえよ」
この十二歳くらいの姿の時点で、ほぼ百七十の身長があるダンならごまかせそうな気がするけどなとアクロスは笑う。
「街でいつも何してるんだ?」
「ソープとか、ヘルスとか。足を延ばしてカジノも行ったりするな」
「おまえストレスたまってんなー」
「当たり前だろ。子供の島、なんて、おれみたいなのにはきっついわ」
ダンは子供の島の中ではとても言えない言葉を、アクロスにはあけすけに言う。アクロスは気軽に「そーか」と返事する。
「あ、じゃあさ、今度休みずらしてもらうから、一緒にメイド喫茶行かねえ? 四番街の方に最近できたらしいんだけど、女の子達がかわいーの」
「何だそれ? イメクラ?」
「んにゃ、お触りはなし。メイドさんのいる喫茶店」
「じゃいいわ。キット達と行けよ」
「あいつらあのノリ苦手っぽ。てかあいつら面がいいから、もててむかつくの」
「それでおれってどういう事だよ」
そうやって話している内に、ボートは大陸の港に着いた。
ボートから降りたダンは、コンテナの並ぶ物陰に行き、服を脱ぐ。
「じゃ、リール。頼むわ」
「ん、わかった」
リールはダンを大人の姿に戻すために、その背中に手を置こうとする。するとその時後ろからキットの声が響いた。
「おい、ダン。大人に戻る時、痛みを……」
言っている途中で、キットはリールに口を塞がれた。
「ご、ごめん、ダン。少しだけ待ってて」
「おう?」
子供の姿とはいえ力の強いキットを、リールはなんとか引きずるようにして連れていく。ダンから少し離れて、キットはようやく口を解放してもらった。
「何をする」
リールに抗議しようとするが、リールはちょっと怒った顔で、ずいっとキットの顔を覗き込んだ。
「いいか、キット。ダンは君達とは関係がない。これがぼくの仕事なんだ。大人の姿に戻る時の痛みを、ぼくが肩代わりしている事を彼に喋ったら、君には出て行ってもらう!」
リールの迫力に押され、キットは苦虫を噛み潰したような顔になる。
「……わかった」
キットが渋々頷いた所で、リールはダンの所に戻っていく。
「ごめんね、ダン」
「おう?」
リールがダンの背中に手を置くと、ダンの体が膨れ上がっていく。元々背が高かったダンは、百九十七センチメートルもの身長になった。大人になったキット以上の身長だ。年齢は三十頃だろうか。
着替え終わったダンに、リールはタバコと吸い殻入れを渡す。
「はい、これ。頼まれてたもの」
「おう、悪いな。んじゃおれは行くぜ」
ダンはタバコに火をつけ、歩いていく。本当は子供の姿から大人の姿に戻る時、その急激な体格の変化から、体にひどい痛みが走るのだが、ダンはそれを知らない。リールはダンに見せないように少し息をつき、ダンの痛みに体を震わせる。リールは人の痛みを肩代わりする能力も持っている。キット、カット、アクロスはそれを知っている。
キットは拳を震わせて、そんなリールを見ていた。
タバコを吸い終わり、吸い殻入れにタバコを入れたダンは、街へ向かう。遠ざかる港を背にしながら、島に思いを馳せる。
(おれはあの島には合わなすぎるんだよなあ。はっきり言って出て行きてえ……けど、報酬はいいんだよなあ)
頭からは島の事が離れない。特に女の子の住人である双子の片割れ、サーシャの事が頭に思い浮かぶ。
(何考えてるんだ、おれは。ロリコンでもあるまいし。そもそも本当の年齢もわからん。すげーおばはんかも。いやでも歳食っても美人そうだな……)
ダンは街に入る前にもう一本タバコに火をつける。
(どっちにしてもおれには不釣り合いだな。あの子はきれいすぎる。おれみたいに汚れ切ってる奴はダメだ)
ダンは深く煙を吸って、そしてふーっと長く吐き出した。そしてタバコを吸い終わると、街の中へ消えた。
一年ほど前、ダンがまだ自分の国にいた時の事だった。その国では紛争があった。町中で銃撃戦まで繰り広げられる中、女性がうずくまって動けなくなっていた。
「アンナ! 危ない!」
リールの声が飛ぶ。軍服を着て銃を抱えているダンはその声に気づいて、建物の陰にいた二人を見つける。
「おい! 民間人がこんな所で何してる!」
ダンが駆け寄ってくる間にリールがふらつく。
「撃たれたのか!?」
「ぼくはいい。アンナを……」
ダンはアンナと呼ばれた二十代前半頃の女性を見た。アンナの前には布にくるまれた小さな赤ん坊が寝かせられている。アンナは涙を浮かべ、ダンを睨み上げた。
「あなた達が殺したのよ……!」
ダンは一瞬何も言えなかった。だが、パアンと何かが破裂したような音で正気に戻った。ダンはふらつくリールに背中を差し出す。
「おれにおぶされ! ここは危険だ!」
リールを背中に乗せ、赤ん坊に未練を残すアンナを引きずるように引っ張っていった。




