7-5.ラウスの正体
カイナル達が去った後、ラウスはリールに質問した。
「リール、どういう事だ? カイナルもこの計画に関わっているのか」
「この計画の立案にって事なら、答えはノーかな。彼はただ終わらせたいだけ。無事に終わらせる事が彼の望みってだけだ」
「無事にってのはどういう意味だ!?」
「ん……ぼく余計な事言っちゃったな」
以前ラウスはリールと話した際、島のみんなに危害はないと説明された。なのに今のはまるで計画に何らかの危険性があるかのような言い方だ。ラウスは顔をしかめて、リールを問い詰める。
「君は、ルテティアを助けたろう!? これは誰かを危険にさらす計画なのか!?」
リールは無表情のまま答える。
「危険があるとしたら、兄ちゃん……アラドにだけだ。少なくとも子供の姿を維持する事で、直接誰かに危険が及ぶ事はない。その前に兄ちゃんが耐えられなくなる」
「君は彼の事をなんだと思ってるんだ!」
「……兄ちゃんは承知の上だ」
ラウスはますます顔をしかめる。
「そうまでしてこの計画は、何を目的としてるんだ!?」
「それは君達には関係ない。計画終了後にはぼくの個人的な望みが叶えられる。ただそれだけだ」
ラウスはリールを睨みつけているが、それ以上の情報をリールは喋る気配がない。そこでイランは口を開いた。
「ラウス、落ち着けよ。それよりもさ、グルジア、ブラック。おまえら話聞こえてるんだろ? なんで何も言わない?」
ラウスは一緒に作業していた二人の存在を思い出した。確かに彼らはラウス達が喋っている間、黙々と作業をしていて口を出してくる様子がない。だが、聞かれてようやくグルジアが口を開いた。
「おれは何も知らんよ。知る気もない。おれはこの島で過ごしてみるのも悪くないかと思っただけさ」
「……ブラック、おまえは?」
ブラックはイランとラウスを一瞥して、静かな低い声で言う。
「おれはリールの言う通りにする。それ以外はない」
ラウスはまたリールを睨む。
「知るだけなら構わない、んだな?」
「うん。でもぼくもあまり怒られたくはないからね。できればもう聞かないでほしいかも」
「おまえらは?」
イランは再びグルジアとブラックの方を向いて聞く。
「だからおれは何も知らんて」
グルジアが答え、ブラックも「おれも知らない」と続ける。
「じゃ一つだけ。おまえらって最初からこの島にいたのか?」
「おれとブラックは一緒に来たよ。四月三日だったかな」
グルジアがそう答えたところで話は終わった。
ラウスは作業を切り上げ、自分の家に戻った。イランはラウスの後ろにつきながら考える。この島の計画が始まったのは今年の四月一日だと聞いている。グルジアとブラックは本当に何も知らないのだろうか。少なくともローリーとカイナルが何かを知っていそうな事は確実だ。リールの曖昧な態度も気になる。
「くそっ、一体なんなんだ?」
家の洗面所で手を洗ったラウスは、苛立たしげにソファに座った。
「とりあえず落ち着けって」
「わかってる」
そう言ってしばらく沈黙した後、ようやく落ち着いたようにラウスは口を開いた。
「リールは時々無表情になるな……」
「うん」
「まるであの人みたいに……」
ラウスはぼそっと言った。あの人とはメサィアと呼ばれるもう一人のリールの事だ。もう一人のリールはほとんど感情を顔に出さない。リールも時々そうなる。
イランはもう一人のリールの事を直接は知らない。ラウスが呟いたセリフを聞き流して、自分の本題に入る。
「オフィスの話はどうする?」
「ごめん、今日はちょっと」
「オーケー。じゃあおれ戻っとくわ」
イランは家の出口に向かう。ラウスはその背中に尋ねる。
「イラン、君はまだぼくに協力してくれるのか?」
「別に……リールはうんと言ってたしな……それにおれ、おまえの事は嫌いじゃない、かも」
ラウスは少し驚いたような顔をした。それから「ハハ」と笑って、「ありがとう」と言った。
カイナルは誰もいない道端までローリーを引っ張っていき、それからローリーに向き直った。
「あんたバカ!?」
「え? 何が……?」
語調の強いカイナルの調子には慣れているのか、大して気圧されもせずローリーは聞く。
「余計な事喋って一番困るのはあんただろう!?」
ローリーは顔に疑問符を浮かべる。
「ラウス達は子供になった理由を知りたがってただけだよ……?」
「何が計画の失敗に繋がるかわかんないって言ってるの! ぼく達はただこの島にいれば、それでいいんだよ!」
「なんでカイナルはそんなに……」
「いいから! わかったね!? 余計な事喋るんじゃないよ!?」
カイナルは自分の言いたい事だけ言って、そのまま去っていった。
真っ暗闇の中、もう一人のリールが頬杖をついて、一人掛けのソファに座っている。
「ラウスか……失敗したな」
「おまえが彼を連れてくるように言ったんだろう」
リールはもう一人のリールと対峙するように座っている。
「うん、だから失敗しちゃったなって」
「彼がぼく達の目的を知ったら、必ず計画を阻止しにくるぞ」
「目的を知られなければ、とりあえず問題はない。子供の島になった理由を知るだけで満足してくれればいいけど」
リールは少しうつむく。
「追い出したくはない。彼はあの頃のぼくに安らぎをくれた大切な人だ」
「うん、ぼくも彼が好きだよ」
そう言ってからもう一人のリールは続けた。
「少し、様子を見よう」
リールは「ハハ」とやや自嘲気味に笑う。
「それで計画が頓挫しなければいいけどな」
「どうせ追い出す事などできないだろう。大好きな人間を簡単に切り捨てられるようなら、そもそもこんな計画などない」
「そう……だな……」
もう一人のリールと法王バイロト・アンダマンが、謁見室の中でお互い椅子に座り対峙している。そこはさっきまでの精神世界と違い、明るすぎるくらい明るい。
「どうなさいました、リール様。もう一人のあなたの家族の事でも考えておられましたか」
「……君もぼくの大事な家族だよ」
「それは嬉しいお言葉。いつかぜひもう一人のあなたの家族にもお会いしたいものです」
「うん……」
もう一人のリールは頬杖をついた姿勢のまま、無表情に返事した。
次回 第八話 ダン・バハ




