7-2.ラウスの正体
リールとキットは帰りの船の中も特に会話せず、雰囲気は気まずいままだった。島に着くと、帰りを待っていたアラドと一緒にリールは先に戻り、キット達はリヤカーに荷物を積んで坂道を歩いてくる。そこにたまたまドルが通りかかり、声をかけてきた。
「あ! キット。ねえねえ、リールと何か進展あった?」
「うん? いや、特には」
「ふーん、なんかリールが神妙そうな顔してるなと思ったけど、気のせいだったかな。そっかー、残念!」
ドルはニカッと笑い、走り去っていく。
「そういえばあいつ、リールとの事、応援するとか言ってたな」
カットがぼそっと言う。
「友達増えてよかったな?」
アクロスは語尾にクエスチョンマークをつける。
「あいつはよくわからん」
キットは特にありがたくもなさそうに言った。
その日の夜、夕食と風呂を済ませたアラドは、いつものようにイランの家に来ていた。だが今日は漫画を読むためではない。
「おれに勉強教えてくれって?」
イランはパソコンから顔を上げて、アラドの方を見た。
「そうだよ」
「別にいいけど。おまえ歳いくつ?」
「十七」
「高二?」
イランは思っていたより若いなと思いつつ聞く。
「学校行ってたら高三だろ。おれは三月生まれだから」
「へえ、まあとりあえず数学の問題でもやってみるか。ネットにそういうサイトあるかな」
イランはパソコンをいじって、適当なサイトの問題をプリントアウトする。イランの家にはイランの私物であるプリンタがある。そのプリンタから印刷された紙が、はらっと落ちる。それを拾おうとした瞬間ふと気づいて、イランは動きが止まった。
「もしかしておまえとリールって本当の兄妹じゃない?」
「何を今さら」
アラドはあっさりと答える。
「おまえ、それ誰かに言った?」
「おれはそもそも兄妹だと言った覚えがない」
それは確かにそうだった。リールが兄ちゃんと紹介するだけで、アラドの方から兄妹だと聞いた事はない。だが、それにしてもだ。リールの言葉を否定もしないのだから、みんな兄妹だと思っていても仕方がない。
「うん、まあそっか……」
考えれば察するチャンスは何度かあったなと思いながら、プリントアウトした紙をアラドに渡す。アラドは紙を睨みつける。
「全然わからん」
「じゃこれ」
イランが別な問題を出す。
「わからん」
「じゃこれ」
何回かそのやり取りが交わされ、ようやくアラドが解ける問題があった。
「…………中一レベル、かな」
「ふーん、案外悪くねえじゃん」
中一と言われたアラドの反応がそれだ。
「いや、ごめん。気を使いすぎたわ。おまえ小学生レベルだよ。まじやばい、本気でやばい。やばすぎて逆におれがショック」
「……」
タルタオがみんなを子供の姿にする負荷の一部を負ってくれたおかげで、活動時間の伸びたアラドは九時前に帰っていった。そのついでにイランも外に出てラウスの家に向かう。
「二人が兄妹じゃない……って、もちろん知ってるよ?」
玄関でイランを出迎えたラウスは、君、知らなかったの? とでも言いたげに答える。
「たぶんみんなも知らないよな?」
「まあリールはアラドの事をずっと兄ちゃんって呼んでるしね。そもそもリールが彼を兄ちゃんと呼ぶようになったのは一年くらい前だ。リールがそう望んだと聞いている」
それ以上の詳細はラウスも分からないと言った。
アラドはベッドに倒れて眠るところだった。まどろみの中でリールと出会った頃を思い出す。リールは最初、ほとんど笑わなかった。
「話変わるんだけど、どこか近くにオフィスみたいに使える場所がないかな?」
ラウスが帰りかけたイランを呼び止める。
「さあ、空き家は結構あるから、探せばあるんじゃないか?」
「どうも家の個室では手狭でね。寝室と仕事部屋が一緒っていうのも嫌だし……」
「今度適当に探してみるか」
イランはそう言ってラウスの家を後にした。イランはいつも寝る直前に風呂に入るので、そのまま共同風呂に向かう。その帰り道、イランは夜道の奥に人影を見た。一人は身長と後姿から察するにリールで間違いない。だがもう一人、小さな影がリールと抱き合っていた。イランは思わず見なかったふりをして家に戻った。
次の日の朝食時、イランはタブレットで新聞記事を見ていた。
「ニュース見てるの? 食事中は行儀悪いよ」
ラウスがそう声をかける。
「ああ悪い」
イランは記事を見ているようで見ていなかった。頬杖をつき、ぼーっとしている。
「何かあった?」
「いや」
ラウスの問いにも上の空だ。イランは昨日の夜見た事を考えていた。
(この中にリールの恋人……がいても全然不思議じゃない、けど)
リールと抱き合っていた影は、なんとなく女ではない気がしていた。となると、やっぱりリールの恋人なんだろうか。イランはアラドをちらっと見た。
(こいつではない……そもそもあの時こいつは寝てたはずだし、もっと背が低い……たぶんあいつくらい)
そう考えながらイランが視線を飛ばした先にはドルがいた。この島の男の子の中では一番背が低い少年だ。
(でも普段の接し方見てても、全然恋人って感じではないんだよな。もっと他のやつ……?)
イランは深く息を吸って、ふーっとため息をついた。
(なんでおれ、こんな気にしてんだ)
イランはようやくタブレットをしまって、朝食を食べ始めた。
食事の後、食堂の外ではリールとキットが今日入荷分の荷物の確認を行っていた。そこへ食堂から顔を出したドルが声をかける。
「キット!」
そう呼びかけてから、ドルはリールも一緒なのに気づいた。
「あ、ごめん。邪魔した?」
「いや、備蓄の情報を共有していただけだ」
「そーなの? もっと恋人みたいな会話すればいいのに」
ドルの台詞に一瞬リールとキットの時が止まる。
「ドル……」
リールが口を開きかけるが、ドルは背中を見せる。
「まあいーや。特に用があったわけじゃないんだ。またね!」
やけに陽気な声でドルは去っていく。そのドルの大きな声がラウスとイランにも聞こえていた。
「え? キットとリールってそうなの?」
ラウスが驚いてイランに聞く。
「さあ」
実際そこはどうなのかイランにはわからない。
(そういえばこいつも背はドルと同じくらいか……)
イランはキットを見てそう考えていた。




