1-3.子供の島
ビデオショップを出た所で、キットはリールの持っている荷物に手を差し出してくる。
「ほら」
「え、キット、もうたくさん持ってるじゃない」
「おれは荷物持ちに来てるんだぞ?」
「でも」
「いいから」
強引に催促してくるキットに逆らえず、リールは仕方なく今買った紙袋を差し出す。
「それじゃあ、はい」
キットはすかさず紙袋の持ち手ごと、ぎゅっとリールの手を握った。不意を突かれて、思わずリールの表情が固まる。
キットはニッと笑った。リールはキットの前だと表情が出ない。触れるとすぐに体を強張らせる。そして肌を見せるのに恥じらいを覚えてシャツのボタンを留める。リールがキットを意識しているのを感じて、キットは満足げにした。
リールはそのまま荷物を渡して手を離すと、ゆっくり歩き出す。そしてキットの方をあまり見ないようにしながら聞く。
「……キットは何か買いたいものはないの」
「特にないな。だが腹は減った」
「じゃ食べるもの買って帰ろうか……」
キットはリールへの好意を隠さないが、リールはどこか恐れている風にキットに好意を見せない。だから二人はいまだ微妙な関係だった。
買い物を済ませたリールとキットは、島に行くためのボートがある港に戻ってきていた。その港は小さな漁船がいくつかあるくらいで、大きな船はない。
先に戻っていたカットとアクロスは、ヤマシタという四十半ばの男性が調達してくれていた食料品などの荷物を積み終えていた。
ヤマシタは直接子供の島に関わっている人間の中で、唯一年齢通りの大人の姿をしている。髪の毛は薄く、顔には笑い皺がよくできる。ヤマシタが子供の姿でないのはヤマシタはこの港近くに住んでいて、子供の島に入る事がないためだ。ヤマシタは島外から子供の島の生活をサポートしている。
ヤマシタはアクロスに荷物のリストを渡していた。
「荷物はこれで全部だな」
「ああ、いつもありがとう」
二人が話していると、ボートから怒声が聞こえた。
「何普通に戻ってきてるんだよ、おまえ!」
カットの声だ。荷物の入ったコンテナの上に座っているキットに怒鳴りつけている。
「うん?」
大人に戻って時間が経ったせいか、キットのあごには髭が生えかけている。そして今にも飛び掛かりそうに腰を落としているカットに気圧されている。
「ガキじゃないんだから、やる事やってから戻って来いよ!」
「むちゃくちゃ言うな」
「大人に戻った意味ないだろ!」
アクロスとヤマシタは、ギャーギャー騒いでいるカットを呆れたように見た。
「どうしたんだ、あれ」
「まあ、いつもの事?」
アクロスは肩をすくめた。カットはキットとリールをさっさとくっつけたがっているのだ。リールもそれは分かっていて、気まずそうに船内に入っている。
自分の事でもないのに勝手にふてくされているカットに構わず、アクロスは運転席につく。アクロスは元は二十七歳の青年で、船舶免許を持っている。ヤマシタに手を振り、アクロスはボートを出発させた。
子供しかいない子供の島の中、ラウスとイランはまだ二人だけで話していた。
話の内容はラウスがイランに仕事を頼みたいと言った事。そしてラウスがリアル教の神、メサィアの事を知るために、リールという男の子のような女の子を調べるという事だ。なぜリールを調べるのかと言えば、リールは普通では考えられないメサィアの力、大人を子供の姿にするという力を持っているからだ。
イランはその話を聞いた後、一つ疑問を口にした。
「でもさ、大人を子供にしているのって、リールじゃなくて、『あいつ』じゃないのか?」
ラウスは軽く首を振りながら「いや」と言う。
「これは本来メサィアの力……その存在に近いリールの力だ。彼、アラドはリールの力の影響を受けてその力を使えるようになったに過ぎない」
「そうなのか」
イランはなんとなく納得して頷く。確かに普通じゃない気がするのはリールだけだ。みんなを子供の姿にしているのはアラドと言う少年で、その少年もミステリアスな雰囲気はあるが、それが人間を逸脱したものとまでは思えない。
イランはそこまで知っているラウスをじっと見つめる。
「ところで、おまえの正体は教えてくれないわけ?」
「それは……おいおいかな」
ラウスは穏やかな笑みを浮かべてはぐらかす。イランはそのうさん臭くも見えるラウスの笑顔に突っ込まずにはいられない。
「おいおいかよ」
「ちょっと説明が難しくて」
「リールはおまえの事、知ってるのか?」
「それはもちろん。彼女に隠し事する気はないよ」
「それならいいけどな。世話になってる手前、こそこそするような事はしたくないし」
笑顔のラウスは嘘をついているかどうか分からない。だがとりあえずは信用しておくかとイランは思った。
大陸の港から小さな島へボートは向かい、ニ十分程でリール達は島に着いた。小さな桟橋のある島の港では、一人の少年が待っていた。
ダークブロンドの髪をオールバックにしたその少年の名はアラドだ。白いカッターシャツにアンクルパンツを合わせている。身長は百六十三センチメートルで、背中を真っ直ぐにして腰に手を当てている。彫刻のような端正な顔立ちをした美形で、手足や首も長く、十二歳くらいとは思えないほどの色気を醸し出している。
アラドはボートから降りてきた巨躯を見て、不愉快そうに睨みつけた。その巨躯、キットもアラドを睨み下ろすように対峙する。島の中ではキットもカットもヘアバンドを外して毛の生えた耳を見せている。
「なんで大人に戻ってるんだ」
「ああ、すまん」
アラドの言葉に、キットは悪びれた風もなく答える。そこへ荷物を運び出しながら、リールが声をかける。
「兄ちゃん、今日もキットに荷物持ちしてもらったんだよ」
リールの言う「兄ちゃん」とはアラドの事だ。今は十八歳くらいのリールの方が年上に見えるが、もちろんアラドも本当は見た目通りの十二歳くらいの少年ではない。
「……後ろ向いて」
眉間にしわを寄せたままのアラドがそう言うと、キットは素直に従って背中を見せる。そのキットの背中にアラドが手を当てると、キットの体が今度は縮んでいく。そして百四十五センチメートルの子供の姿に戻った。