7-1.ラウスの正体
昨晩ほんの二時間程とはいえ、行方不明になっていたルテティアはみんなに心配されたが、今は笑顔で話している。それをラウスは満足そうに見つめている。イランは相変わらずどう思っているのか分からない顔をしていたが、会話から察するにラウス同様、ルテティアが笑顔でいる事に安心しているようだ。
アラドはいつものようにゆっくりと食事を食べた。いや、自分ではゆっくりしているつもりはないのだが、大体最後まで残っている。ようやく朝食を取り終わると、既に食器を片付けて外に出ていたラウスを追いかけた。
「おい、ラウス」
「ん?」
ラウスが振り向く。隣にはイランがいるが、構いはしない。
「おまえ、何者だ」
アラドは前置きもなしに聞いた。ラウスは少し肩をすくめた。
「直球だな。ちょっと場所変えよう。イラン、君のとこでいい?」
「いーよ」
イランの家につくと、アラドとラウスはそれぞれソファに座り、イランはいつものパソコンの前の椅子に座った。
ラウスは指を交互に組み、少し背中を丸めるような格好で座る。そして大人びた目でアラドを見た。
「それじゃあ改めまして。ぼくはラウス・イプスウィッチ。久しぶりだね? アラド・レイくん」
「……誰だ?」
アラドはどこかで聞いたようなと思ったけれども、すぐには思い出せない。
「え? もしかして本当に覚えてない?」
「知らん」
「ええー、いや確かに子供にしてもらった時も覚えてなさそうだなとは思ったけど、名前すら覚えててくれてなかったのか……」
ラウスはちょっとがっかりした様子を見せるが、すぐにまたアラドを真っ直ぐ見つめる。
「じゃあこの人の名前はわかるだろ? ベレチネ・ペイビャオ」
「おまえ!」
アラドはその女性の名を聞いたとたん、ソファから立ち上がる。
「ぼくはその人の部下だったんだよ。思い出してくれたかな?」
アラドは思い出した。白衣の印象が強く、他の研究員と一緒に一度紹介されただけだったので、あまり記憶に残っていなかったが、考えれば確かにあそこにいた。
「おまえら、またリールを捕まえに来たのか!」
「落ち着いてくれよ。そのつもりならとっくにそうしてる。ぼくは今あの施設と直接関係はない」
「直接だろうと何だろうと関係あるって事だろ! おまえらまたリールをあんな所に閉じ込めるつもりか!」
「とりあえず座りなよ。言っただろ? そのつもりならとっくにそうしてる。ぼくはあそこの研究室長だったベレチネとまだ繋がりがあるってだけだ。彼女もぼくもリールを連れ戻す気なんかないし、むしろ彼女の幸せを願っている側だ」
ラウスは立ったままのアラドを見ながら続ける。
「君達が逃げてから、あの施設は解体したようなものだ。それに今リールはリアル教の聖地、ホールランドの管理下にあるようだ。もはやぼくら一教団が手出しできる存在じゃあないよ」
アラドはラウスの言葉の信憑性を測りかねていた。言うべき言葉が見つからず、無言でラウスを睨む。
「教団って何か怪しい感じ? おれ聞いてていいの?」
イランが口を挟む。
「ハハ、教団自体はごく普通の宗教団体だよ。ぼくも名は連ねているが、そう敬虔な信者とは言えないかな」
ラウスは笑い、次に真面目な顔になって言った。
「ただね、どこの宗教団体もそうだが、メサィアと言う絶対的な存在の力を欲しがり、もしくは恐れている。君も知っての通り、一般には法王バイロト・アンダマンがメサィアの末裔と言われているが、本物がいるって事は一部の者には知られているんだよ」
「おい、そんな話はどうでもいい。おまえがあいつらの関係者だというのなら、おれはおまえが気に入らない」
アラドがようやく口にできた言葉がそれだ。ラウスは冷ややかな笑みを浮かべる。
「じゃあどうする? ぼくを追いだす? 君にそんな権限ある? ぼくはリールの了解を得て、ここにいるんだけど」
アラドはまたもや言葉を失って押し黙る。
「吠えれば女守れると思うなって言ったよね? 実際、君は守れなかったわけだし」
ラウスが言うのはアラドとリールの過去の事だ。アラドはそれを思い出して唇を噛む。
「まあぼくも人の事言えた義理ではないんだけど、でもぼくとしては君を応援したいんだよね。だからさ、その空っぽの頭どうにかしな?」
アラドはそこまで言われても反論できない自分に、腹立たしさを感じた。この島で大人を子供にする仕事をリールのためにやっている。だがそのために島から離れられなくなり、睡眠時間の増加というハンデも請け負う事になってしまった。結果的にはいつでもリールを守るという事が出来なくなっているのだ。
結局アラドは何も言う事ができないまま、イランの家を後にした。
今日のリールとキット達は街に買い出しに行く日だった。キットはリールに大人に戻してもらう事なく、子供の姿のまま街を歩く。キットはいつも以上に暗く、寡黙だった。リールはいつもと変わらない表情を装っている。
買い出しが終わり、港に向かう途中アクロスは居たたまれなくなり、リールから荷物を奪うように取る。
「あーっと、リール。おれ達先に荷物持って帰るわ」
カットもそれに続く。
「え、ちょっと」
リールはキットと二人取り残される。そうした所で、ようやくキットが重い口を開いた。
「七日……か。長かったな」
七日というのは、リールがルテティアの用事のために島を離れていた期間の事だ。リールは慌てて弁明する。
「今回は仕方なかったんだ。どうしても彼女についててあげなきゃいけなかったし……!」
「わかってる」
キットはそれ以上は何も言わなかった。リールは少し安堵してキットに背を向ける。するとその瞬間、キットは後ろからリールに抱きついてきた。リールは驚いて後ろを振り向こうとするが、キットの力が思う以上に強く、振り向けない。
キットはリールの背中におでこを当てながら、悔しそうに顔を歪ませる。
「自分に腹が立つ! どうしておまえと一緒にいてやれない!?」
「いや、あの、キット。言ってるだろう。それがぼくの仕事で……君の気持ちには応えられないと」
キットは返事せず、ただ強くリールを抱きしめる。
「離してくれないか……痛いよ」
リールは力なく言った。