6-7.ルテティア・サウンド
イランはうつむいているリールの様子を見ながら言葉を続ける。
「たぶん、さ。この島の計画で人が死ぬなんて、そんな事考えてないんじゃないのか? 助けてほしいと思ったから、連れて戻って来たんじゃないのか?」
それを聞いて、タルタオもラウスも少し気持ちを落ち着かせた。確かにリールは人の死を黙って見過ごす子ではない。少なくとも二人が知っているリールはそれくらいの優しさを持っている。ラウスは一呼吸つけて、リールの両肩に今度はそっと手を置いた。
「頼む、リール。力を貸してくれ」
「てめ、リールから離れ……」
言い終わらない内に、アラドはソファに倒れこんだ。眠気が限界に来たのだ。リールはラウスの手を振り払って心配そうにアラドの顔を覗き込み、その寝息が穏やかなのを見てほっとする。
「リール」
ラウスはリールの後ろから再度リールの名を呼ぶ。リールはアラドの顔を見つめたまま答える。
「今のぼくでは難しい。力を使いすぎると兄ちゃんに影響が出かねない。これ以上兄ちゃんに負荷をかける訳には……」
ラウスはそれを聞いて、タルタオに向き直る。
「タルタオ、君は?」
「わたしの能力は人探しではない。今はわたしもこの姿の能力に関わっているため、島内にいるという事は分かりますが、それ以上は……能力者であるならば、探し出す事も可能なのですが……」
もちろんルテティアが能力者であるはずもない。ラウスが二人に頼るのを諦めかけた時、リールが口を開いた。
「オラデア……を探す事はできるかも……」
「え?」
「彼は能力までは発現しなかったが、能力熱を発症した事がある」
リールは説明を省いたが、能力熱とは能力者が発症する病気の事だ。タルタオはもちろんそれを知っている。
「今はオラデアより、ルテティアだろう!?」
ラウスは少し苛立って言う。
「待ちなさい」
タルタオは目を瞑ってオラデアの気配を探る。
「確かに……います。ルテティアも恐らく近くにいる」
「本当か!? 行こう!」
タルタオを先頭にラウスは走り出す。イランもついていくべきか迷い、リールの方を見た。リールはアラドを見ながら肩を震わせていた。泣いていたわけではない。ただ心配なのだ。ルテティアの事も、アラドの事も。少なくともイランにはそう思えた。
時は遡り、ニ十分ほど前。小雨の中、オラデアは建物の横の急な段差に足を滑らせ、頭を打って気絶していた。そんなオラデアの安否を確かめるように、小さな手が伸ばされる。オラデアはすぐ目が覚めた。そして目を開けるとそこにいた影を認めた。
「あ、いた」
オラデアの声は見つけたという意味だ。幸い頭を打ったのは軽かったようで、オラデアはすぐに意識がはっきりした。そこにいたルテティアは体を震わせ、オラデアが起き上がる前に逃げようとする。
「あ、こら、待て!」
オラデアは慌てて起き上がり、ルテティアの腕を左手で掴む。建物の後ろ側の林は急な坂になっていた。ルテティアは急に掴まれた事でバランスを崩して倒れかける。オラデアは空いた右手で建物の壁を掴み支えようとするが、力が入らずそのまま一緒に雑木林の中を滑るように落ちていった。
「い……てー。今日はよく落ちる日だな」
逆さまになって転げ落ちていった割には呑気な声を出す。ルテティアはほとんどオラデアに乗っかる形になっていた。オラデアのお腹の上でぶるぶる震えている。
「どっか打ったか?」
オラデアが聞くと、ルテティアは涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。
「何よ、でぶ」
「あのな。まあ無事でよかったわ。変な事考えんなよ」
オラデアは頭を坂の下にしたまま、起き上がる気力もなく言う。
「変な事って何よ……! あんたなんか大っ嫌い……!」
「あー、ハイハイ」
ルテティアはオラデアのお腹にしがみつくような姿勢のまま喋りだす。
「あたし、いらない子なのよ……! パパは死んじゃって、おじいさんはあたしを物みたいにお金で売った……!」
「へー、おれとおんなじじゃん」
ルテティアはその言葉に驚いて、涙が一瞬止まる。
「おれの場合、売ったのはおれの親父だけどな。親父さんが死んだのは気の毒だけど、だからってこんな所で一人っきりになってる事もねーだろ」
ルテティアは何も言えず、顔をうつむかせる。
「ところでさ……おまえスカートめくれてんだけど」
ルテティアは「何よ! エッチ!」と叫んで慌てて起き上がる。
「いてっ、踏むなって」
ルテティアの体重が乗った所をさすりながら、オラデアはだるそうに起き上がる。
「けっこー元気じゃん」
オラデアがそう言うと、ルテティアは辛そうに顔をしかめ、また話し出す。
「あたし、面会にも行かなかった。死ぬってわかってたのに、パパに会いにも行かなかった」
「病気? 入院?」
事情の分からないオラデアはそう推測したが、ルテティアはそれに答えず続ける。
「パパなんか死んじゃえばいいって思ってた! ママ達を殺して、あたしをこんなに苦しめて、パパなんか……!」
「えーっと……?」
オラデアには訳がわからない。それでもルテティアは叫ぶ。
「パパ、あたしには優しかったのに、優しいパパだったのに……! でも嫌い! 大っ嫌い!」
「あー、わかった、わかったって。とりあえずこっち来いよ」
オラデアが実際わかった事は嫌いと言った事だけだ。それでも左手を差し出してルテティアを呼ぶ。
「な、何?」
「おまえ、寒いんじゃねーの? おれでわりーけどくっついとけよ」
ルテティアは微かに震えていた。でもそれは雨に降られているせいなのか、興奮しているせいなのか自分ではわからない。
「何よ……なんで優しくするのよ。大っ嫌いなのに……!」
「別に普通だろ。嫌いでいいから来いって」
ルテティアは動かず、ぺたんと座ったまま下を向いた。
ルテティアの脳裏には、オラデアのように丸顔で、少し小太りだったパパの事が浮かぶ。パパはオラデアのようにぶっきらぼうではないが、優しい人だった。花が好きで、花壇をいじっている時はいつも笑顔だった。そんなパパを狂暴にさせたのが何なのか、ルテティアには分からない。雨が落ちてきて、ルテティアの頬を濡らした。




