6-4.ルテティア・サウンド
ルテティアの記憶は現在へと繋がっていく。ルテティアは葬式に参列していた。大変な事件を起こし、死刑となったパパの葬式の参列者は数えるほどしかいない。
「できそこないが、本当にとんでもない事をしてくれた。おかげで我が社の株は下がる一方だ。花をいじるしか能のない役立たずにも仕事を与えてやっていたというのに……!」
おじいさんが怒った顔で言っている。
「お父さん、あの娘はどうするんです?」
パパのお兄さんが聞いている。
「知った事か。能無しの娘になど興味はない。わざわざ引き取ってくれるという酔狂な人間がいるんだ。適当な金を包んでやれ。二度とわたしの前に現れるなとな」
腫れ物でも扱うかのように遠回しに親族に囲まれているルテティアを、黒いスーツを着たリールは静かに見ていた。それから家の片づけや所用を済ませるためホテルに泊まる日が何日か続き、ようやく子供の島に帰れる事になったのが七日後だった。帰りの電車の中で、リールがルテティアに聞く。
「大丈夫? ルテティア」
「大丈夫だよ」
ルテティアは気丈にも笑顔を見せた。
「みんなの顔、見たいなあ」
ルテティアは外の景色を眺めながら、そう呟いた。
子供の島に帰ってきたリールとルテティアを、アラドが待ち受けていた。島内に入る前にルテティアを子供の姿に戻す。
「……?」
その時アラドは何か変な感覚を覚え、ルテティアを子供の姿にした自分の手を不思議そうに見た。
食堂にみんなが集まる時間、島に戻ってきたルテティアを、子供達、特に女の子達が歓迎する。
「どこ行ってたの?」
ブロンドの髪に青い目のブルーが聞く。
「ん、ちょっとお家の用事があったの」
「よかった……もしかしてもう戻ってこないかもと思ってたから」
栗色の髪のローリーは少し瞳を潤ませている。
「少し、寂しかったわ」
あまり人と視線を合わせない小さなヴィルマも、軽くルテティアの髪に触れながら言う。
「フフ、ありがとう。ローリー、ヴィルマ」
ルテティアはその後、双子のサーシャとキーシャの側にも行っていた。ルテティアは終始笑顔だ。自分の席に着いたアラドはそんなルテティアを見て、また自分の手を見た。そしてリールに尋ねる。
「リール、おれに何かしたか?」
「ん? 何を?」
「ルテティアを子供の姿にした時に、何か変な感じがした。今まであまり感じなかったような感覚だった」
リールは少し考えて、「ああ」と思いついたように言う。
「たぶんタルタオと共感しているせいかな。タルタオの力が少し移ったのかも」
「何?」
「兄ちゃんの負担を軽くするために、タルタオにも少し力を分けたから」
「よりによってあいつか」
アラドは渋い顔をして、自分を「チンピラ」と呼ぶタルタオの背中を見る。確かにここ数日は疲れやすさが軽かった気がすると思う。
「変な感じってどんな感じ?」
横にいたイランが口を出す。
「わからん」
「まあ能力が完全に移るわけじゃないからね」
「何の話?」
イランの隣の席のラウスも話に混ざってくる。
「たぶんアラドの負担を軽減したって話?」
イランがざっくりした返事をすると、ラウスはそれはよかったと思ったのか、胸を撫でおろしてアラドに「よかったね」と声をかけた。
その次の日は何とも言えない天気だった。時折雨がザーッと降ったかと思えば、晴れ間が見えたりもする。雨が降るたびに女の子達がキャーキャー言いながら、洗濯物を取り込む。
洗濯機は共同風呂のある建物の中に設置してある。乾燥機もあるが、気候のいいこの島では干してもすぐ乾くため、下着以外は大体干してある。乾燥機の力も借りて乾いた洗濯物を畳んで、各自の家に持っていくのも洗濯係の仕事だ。それが終わると夕食の時間になり、みんな食堂に向かう。
エドアルドも洗濯係だった。仕事が終わったエドアルドは食堂に向かう途中、イランと鉢合わせる。一緒に歩き始め、他愛もない会話を二、三した後、前に歩くルテティアを見つけて、エドアルドはぼそっと言った。
「なんか気持ちわる」
「何が?」
「ルテティア」
「おまえ、女の子相手にひどくね?」
イランの軽い非難など気にせず、エドアルドは言葉を続ける。
「最初の印象のせいかな? あんなににこにこしてるとなんか不気味……」
この島に来る前に一度エドアルドと会った事があるルテティアは、ずっとうつむいていてろくに喋りもしなかった。それが今は小さなヴィルマと談笑しながら歩いている。イランはそこから違和感は読み取れない。エドアルドだから分かる何かがあったんだろうか。
「ちょっとあんたら邪魔!」
なんとはなしに立ち止まってしまった食堂の入り口で、後ろから語調の強い声が響いた。
「びっくりした。カイナルか」
振り向くと、スケッチブックを抱えた赤毛でそばかすの男の子が不機嫌そうに立っていた。
「邪魔だからどいてって言ってるの!」
「なんだよ、機嫌悪いな」
イランは言いながら道を空ける。
「悪くないし! 今日はスケッチがうまくいかなくてイラついてんの!」
「悪いじゃん……」
思わず突っ込んでしまうイラン。カイナルは気にせず行こうとするが、イランはカイナルに話しかける。
「カイナル、どう思う?」
「何が?」
「ルテティアの様子?」
カイナルは何の事だよと言いたげに顔をしかめる。
「知らない、他人に興味ない!」
イランは聞く相手を間違ったと、肩をすくめた。
「ぼくは興味ある」
そう言ってエドアルドはカイナルを追いかけていく。
「絵、描いてるの? 見せてくれない?」
「は? ただじゃないよ!」
カイナルはつっけんどんに言ったが、それに怯まないエドアルドの興味に根負けして、結局は見せてくれた。イランはそんなエドアルドと、ルテティアを交互に見てから、ふーっとため息をつく。
「取り越し苦労、か?」
イランは気にしすぎかと思いながら、席に着いた。




