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子供の島の物語  作者: 真喜兎
第六話 ルテティア・サウンド
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6-2.ルテティア・サウンド

 今この島にはエドアルドが増えて、住人の数は二十六人となっている。イランはこの島の計画がまだ九ヶ月残っている事を考えて、まだまだ人が増えるのかと思った。しかしそれにはエドアルドが首を振った。


「リールはもう人を増やす予定はないって言ってたよ?」


 するとアラドは眉間にしわを寄せたまま答える。


「おれの能力ももう限界だからな。ただでさえ睡眠時間が増えてる。これ以上は恐らく無理だ」

「そういえばおまえ、昼もよく寝てるよな」

「今ももう眠くなってきてる。これ読んだら寝る」


 エドアルドは時計を見る。


「まだ七時半……」


 アラドはいつも八時には寝てしまう。と言ってもアラドに限らず、島の子供達は早寝だ。イランはいつもパソコンをいじっているせいで寝るのは遅い方だが、それでも九時半頃には寝てしまう。これは子供の姿にされているための負荷が、知らず知らずの内に子供達の体力を奪っているせいだ。特にみんなを子供の姿にする負荷の多くを担っているアラドは疲れやすく、昼もほとんど寝ている。


「これの二巻どこ?」


 しばらく無言で漫画を読んでいたエドアルドは読み終わって次の巻を探す。「おれが読んでる」とアラドが答える。


「おまえ来た時からそれ読んでなかったっけ?」


 イランが言うと、エドアルドは「読むの遅っ」と続ける。アラドは手をソファの背もたれの上に広げて、顔を上げた。


「ダメだ、眠い。読んでいいぞ」


 エドアルドに読んでいた漫画を渡すと、アラドは腰を上げる。帰ろうとしているアラドに、イランはふと思いついたように「そういえばさ」と言い出した。


「おまえの限界とやらを越えたらどうなるんだ?」


 アラドは何の話だと言いたそうな顔をしたが、すぐにさっきの話を思い出したように一瞬だけ考え込んだ。


「……死にはしないだろ」


 アラドは玄関のドアを閉めながら、背中で返事して帰っていった。


「え!? 死にかけるような事なの!? それとも答えるのがめんどくさいだけ?」


 エドアルドはいなくなったアラドの代わりにイランの方を見て聞く。


「さあ……あいつの場合、後者もありえる」


 イランは念のためアラドの様子はちゃんと見ておくべきなのかなと思いながら、アラドが消えたドアを見つめていた。






 自分の個室に入ったルテティアは、パラパラと本をめくった。今は本を読む気分ではなかったが、それでも適当なページを開いて自分の前に置いた。そして過去の事を思い出す。ルテティアの思い出はそのほとんどがパパとのものだ。


 その日、パパは肩を落として塞ぎこんでいるように見えた。


「パパ……? パパ……? どうしたの? ママはどこ……?」


 パパはゆっくり顔を上げて答える。


「ママは出て行ってしまった。ぼくが嫌いになったんだって……ごめんね、ルテティア。君のママがまたいなくなってしまった……」


 落ち込んでいるパパを見て、ルテティアは精一杯明るい声を上げる。


「いいよ、パパ! あたし、パパと二人で平気だよ! だから泣かないで、パパ……」

「ありがとう、ルテティア。そうだね、いつものように二人で花を植えよう。花壇いっぱいに花を……」


 そう言ってパパはルテティアの手を引いてくれた。






 その日の夜、リールはタルタオを家まで呼び出した。一緒に住んでいるアラドは既に部屋で寝ている。


「何の御用でしょう?」


 タルタオは背筋をピンと伸ばしてソファに座り、ことさら丁寧に聞いた。顔は平静を装っているが、こんな風にリールと二人きりで話すのは久々の事で、心は浮足立っていた。


 タルタオのそれは恋愛感情とは違う。純粋な好意によるものだ。だがその好意の感情は強く、リールの一番のお気に入りでいたいと常に思っている。


 リールは少し視線を落としながら話し出した。


「実は、今回少し長めに出るかもしれない。一週間、くらいになるかも……」

「はい」

「君に兄ちゃん……アラドの事を頼みたい」


 アラドの名前を聞いて、タルタオはピクッと反応する。タルタオはアラドの事をチンピラと呼び、あまりよい感情を持っていない。リールは少し頭を垂れたまま、呟くように話す。


「難しい事はぼくにもよく分からないけれど、兄ちゃんも能力者としてぼくの力を使うようになってしまった。けれど兄ちゃんが人を子供の姿にできるのは、せいぜい一人が限界だ。こんなに多くの人の子供の姿を維持できているのは、ぼくと強く共感できているからなんだ」


 タルタオは眉をひそめた。


「気に食わないです。あなたの一部を彼に入れたんですか」

「それは兄ちゃんだけでなく、みんな、だ。だからこそ子供の姿になるなんて異常な現象にみんなの体が耐えられている。言葉の壁がなくて済むのも、みんなぼくの細胞が干渉しているからだ。兄ちゃんは君と同じか、それ以上にぼくの力に耐性がある。だから兄ちゃんを媒介にして、君達を子供の姿にしている。ぼくと長期間離れていると、君達に入れた細胞の力は弱まり、体への負荷が大きくなってしまう。とりわけ兄ちゃんには……」


 リールはそこまで言って、少し辛そうに顔をしかめた。タルタオはそんなリールを見て、優しげな表情を向ける。


「わかりました。わたしは何をすればよろしいですか?」

「……君にもより多くの細胞を入れたい」


 タルタオは素直に「はい」と返事する。


「子供の姿を維持するため、ぼくの力の媒介の一つになってほしい。それで兄ちゃんの負荷がかなり軽くなる」

「はい」


 タルタオはまた素直に返事する。


「君の活動時間も制限されてしまう事になる……けど」


 この場合の制限というのは、睡眠時間の増加だ。リールと同じ、共感という能力を持つタルタオはその事を分かっている。


「それは構いません。わたしの趣味は寝る事ですから」


 気遣いとも取れるタルタオの言葉にリールは頭を垂れる。


「すまない、タルタオ」

「何を謝るんです。以前言ったでしょう? わたしはあなたの頼みを無下にするような人間ではないと」


 タルタオは優しく語る。


「この島でみんなと家族のように過ごしたい。それがあなたの望みでしょう? 孤独だったあなたがそう望んだ事に、わたしは涙を禁じえない。そんなあなたの助けになれるのなら、わたしは嬉しい」


 タルタオの言葉にリールは目を潤ませた。


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