6-1.ルテティア・サウンド
時期は四月の初め頃。子供の島の計画が始まった頃だった。一人の子供がテレビでニュースを見ていた。ニュースのタイトルは「連続妻殺害事件」
「十四年の間に四名もの妻を殺害した犯人の、死刑判決が確定して二カ月。犯人の娘も事件に関与していると思われていましたが、今日、無罪判決が言い渡されました。被害者の遺族はその判決を疑問視し……」
テレビ画面に一瞬だけ、ワンピースを着た長い三つ編みの高校生くらいの少女が映し出される。顔までは分からないが、憔悴しきったような雰囲気だけは伝わってきた。
「なんか……この子かわいそう……」
テレビを見ていた子はぼそっと呟く。その子は横のソファに座っているリールに縋るように訴える。
「助けて……あげられないかな……!?」
リールは眉をひそめる。
「そういうのはちょっと」
「だって、無罪だった……んだよ? この子を助けてあげる人がいれば、それでいいんだ。でももし一人だったら……一人で苦しんでたら……」
その子はテレビの中の子と自分を重ねるように言う。
「お願い……! リール! 助けてあげてよ!」
リールは眉をひそめたまま、「わかった」と静かに答える。
「でも、これきりにしてもらえる? こういう事に関わるのは本当は禁止されているんだ」
「ごめんなさい……」
その子は栗色の髪を垂れさがらせて、体を小さくした。
それから季節は夏に入っていた。亜熱帯と言える気候のこの島は、日差しが強く降り注いでいる。ひどく蒸しているが、風があるため体感温度は少し和らぐ。
毛量の多い髪から汗を垂らしながら、ルテティアが食堂に向かっていた。頭には麦わら帽子をかぶり、手にはミニひまわりの花束を抱えている。
ルテティアは色素の薄い髪を後ろで三つ編みにした髪型が特徴の女の子だ。いつも好んでワンピースを着ている。ルテティアの仕事の一つは食堂に花を飾る事だ。食堂に入ると、そこにいたリールがにこにこしながら声をかけてきた。
「やあ、ルテティア。いつもありがとう。君のおかげで食事が華やかになるよ」
「わたしお花好きだから」
ルテティアは普段からあまり大きな声は出さないため、小さな声で答える。リールはルテティアが抱えているひまわりを見ながら、「うーん」と唸った。
「花瓶がちょっと小さいかな? もっといいのがないか探してくるよ」
ルテティアは「うん」と答えながら、リールを見送った。そしてくるっと振り向いた時だ。ドンっと誰かにぶつかった。ルテティアは弾き飛ばされ、抱えていた花を落とし、尻もちをついた。
「なんだ、またおまえかよ」
そう言ったのはオラデアだ。オラデアとは以前もこの食堂の中でぶつかった事がある。オラデアはちょっと太っている大きな体を振り向かせて、散らばった花を見る。
「気をつけろって言って……」
言いかけて、オラデアはぎょっとした。ルテティアがぼろぼろと泣き始めたからだ。
「な、なんで泣くんだよ!」
オラデアは花を拾おうとしたのも忘れて、慌てふためく。
「あーあ、また泣かした」
「いじめはよくないよー」
食堂の席に座っていたダンとドルが野次を飛ばす。
「おれがいついじめたんだよ!」
必死に反論するオラデアの声を聞きつけて、アンナがキッチンから出てきた。
「オラデア! あなた何してるの!?」
「だから、何もしてねーって!」
ルテティアは涙を拭こうともしないで、オラデアを睨みつける。
「でぶ……でぶ……! あんたなんか大っ嫌い!」
「な、なんなんだよ、おさげ女!」
オラデアがうろたえて売り言葉に買い言葉で言い返すと、アンナがじろっと睨む。
「あー、ほら。片付けようぜ」
ダンはオラデアをなだめながら、ドルと一緒に花を拾った。
ルテティアは思い出していた。十歳くらいの記憶だろうか。その時も花を運んでいた。ドンっとぶつかると、「大丈夫かい?」と優しい声がして手が差し出される。
「ルテティア、君はよく人にぶつかってしまうね。ちゃんと前を見ないとダメだよ」
そう言ったのはルテティアの父親だ。ルテティアは「だって、パパァ」と甘えた声を出す。
「ほら、泣かないで。今日は新しいママを紹介する日だ」
そう言ってパパは涙を拭いてくれた。
その日の夕食が終わった後、エドアルドはイランの家に来た。イランの家にも他の家同様、個室が三つあるが、二階の一つは空き部屋で、一階の一つはイランのベッドがある部屋、もう一つが漫画の並べられた棚の置かれた部屋になっている。エドアルドはそこの部屋に入り、漫画と本を見回した。
「うわ、イランのとこ、漫画がいっぱいあるねー」
「昔からちょこちょこ集めてたからな。捨てるのももったいないから、全部持ってきてもらったんだよ。量が多くて、ダン達にすげー文句言われたけど」
エドアルドは漫画を持って出てきて、ソファに座った。
「イラン達って最初からこの島にいるの?」
「いや、おれが来たのは五月の初め頃。キットやカット達もおれより後から来たから、最初からってのはそんなに多くないんじゃないか?」
イランはそこまで言ってから、「なあ?」と、先に来て漫画を読んでいたアラドに声をかける。
「あ?」
アラドは長い足を組んでソファに座り、眉間にしわを寄せて漫画を読んでいた。どうやらしかめ面をしながら本を読むのが癖らしい。
「おまえは最初からこの島にいたんじゃないのか?」
「……当たり前だろ」
アラドはリールに兄ちゃんと呼ばれている子だ。兄妹ならば最初からこの島にいてもおかしくない。
「最初はリールと二人だけだったとか?」
「違う……」
「最初は誰がこの島にいたんだ?」
「……」
アラドは答える代わりに、睨むようにイランを見た。そして低い声で言う。
「おまえ、いつからそんな詮索好きになったんだ?」
「ん? いや……」
詮索しているつもりはなかったイランが言葉に詰まると、エドアルドが「ぼくが聞いたんだよ」と口を出す。
「ぼくだけ途中参加なのかなって思ったから」
アラドは違うと言うように少しだけ視線を下に落とすと、また二人を見た。
「ほとんどの奴らは後から来た。正直こんなに増えるとは思ってなかったよ」
イランは「そうなのか」と返事した。




