36-4.レイリール・ゲルゼンキルヘン
「レイリールのさ、愛されたいと願う力って本当にそうだったのかな?」
女の子達に謝りながらも笑顔でいるレイリールを見て、イランはぼそっと呟く。
「ああ、君、イラン、鋭いね」
リールが答える。タルタオは「どういう事です?」と首を傾げる。
「いや、なんか逆じゃないかなって。レイリールは愛されたいと願っていたというよりもむしろ……」
イランはその先を言うのに少しためらう。
「大丈夫。合ってるから言いなよ」
リールに促されて、イランは少し照れ臭そうに言う。
「愛したいと願う力だったんじゃないか、って」
「そうだよ」
リールは頷く。
「この世で最も儚くて、そして最も優しい力」
リールは「ぼくも気づいたのはさっきだけどね」と続ける。
「そうか、それがメサィアを救う力だったんですね」
「そうだね。だからもう永遠の命なんてない。だって愛は永遠でも無限でもないから。大切に育まなければ、壊れてしまうもの」
タルタオとリールが話している間に、イランは少し頭を掻く。
「難しい、な。おれ、一度はレイリールを憎んじゃったし、それに記憶をすり替えられていた事だって納得しちゃいないし」
「まあ裏切ったのはぼくらだからね。君がそう思うのは仕方ないよ」
「ただ……それでも嫌いになった訳じゃないんだ。できればもう一度……」
イランはその先を言わなかった。タルタオはこくんと頷く。
「きっと修復できる愛もありますよ。わたし達はみんな、ここからやり直さなければならない」
「きっとっていい言葉だね!」
いつの間に話を聞いていたのか、ラウスがイランの肩にぽんと肩を置いてくる。
「おまえが言うと軽く聞こえるんだけど」
「ええー?」
「でもそうだな」
イランはキットを見つめた。泣いていたキットは微笑みながらレイリールを見つめていて、やがてカットやアクロスが話しかけるとやっと安心したように笑顔を見せていた。
「きっとって、希望って意味だもんな」
ラウスが「詩人だね!」と言うと、イランは照れ隠しに「うるせ」と言った。
食事を口に放り込んでいたオラデアが不意に気づく。
「おい、ブラックとレイリールの結婚発表はいつするんだ。カイナルとローリーの婚約と、赤ん坊の紹介はさっき聞いたが、そっちはまだ聞いてないぞ」
「おれもそっちは初耳だったなあ。ブラックとはなんべんも会ってるのに」
ダンがビールを飲みながら言うと、ドルが「いや、だからさ」と言いかける。
「ん? ぼく、ブラックと結婚したの?」
レイリールが首を傾げると、グルジアがまた思い出したように吹き出す。
「くく、く、そういう事にしておけ」
「うん? まあ別にいいけど」
食事をしていたキットもそれが聞こえて立ち上がった。
「何がいいんだ。結局、本当のところはどうなんだ!」
アンナは不思議そうにレイリールに尋ねる。
「だってあなた達、籍を入れたって言ってたじゃない。確かに寝室は別だけど」
「籍は入れたよ? ぼくもブラックも戸籍がなかったからね。ブラックをぼくの弟として新しく戸籍を作ったんだ」
「ええええ!?」と言う声が響き渡る。オラデアやダンは「なんだ、そういう事か」と呆れてため息をついた。
「リールよりブラックの方が年上なの?」
まだレイリールをリールと呼ぶクレイラが尋ねる。
「そう言えばレイリールの年齢ってちゃんと聞いた事がない気がする」
「年齢わかんないって聞いたわよ、あたしは」
ルテティアとブルーがそう話している。アラドはまだ赤ん坊を抱きながら、ブラックに尋ねる。
「おまえはそれでいいのか?」
「ん、不満。おれは旦那がよかった」
ブラックは珍しくむすっとした顔を見せている。キットはグルジアを睨んだ。
「この親父、おれ達を担ごうとしたな」
「くくく、別に構いやしねえだろう? おれは本当にそうなってほしいと思ってるからな」
キットは少し何かを考えていたが、やがて意を決したようにレイリールの前に立った。
キットは会場に響き渡るほどの大声で言った。
「レイリール、結婚しよう!」
「うん、いいよ」
「早っ!」
食事のおかわりをしに行っていたエドアルドが、思わず突っ込みを入れる。エドアルドは「邪魔してごめん、つい」と言いながらカットとアクロスが座っている席に戻る。
みんなが面食らっていると、ドルが仕方ないなという顔で拍手し始めた。するとようやく事態を把握したみんなも拍手し、ダンが指笛を鳴らす。
「いいのか、レイリール」
アラドが残念そうな顔で聞いてくる。アラドはとにかく子供がかわいいのかずっと抱きっぱなしだ。
「うん。ぼくは臆病で傲慢だった。君達を傷つけないようにと選ばない道を選んできた」
レイリールは「でもね」と続ける。
「夢の中でぼくを迎えに来てくれたのがキットだった時、ぼくは素直にそれが嬉しいと思えたんだ。だからこんなぼくでよければ」
レイリールはキットに向き直ってその手を取った。
「よろしくお願いします」
キットはしばらく返事しなかった。レイリールが見つめていると、顔がみるみる内に真っ赤になった。
「あいつ、さてはまた振られると思ってたな」
アクロスが酒を飲みながら呟く。
「ああ、あいつのあんな顔見るのは初めてだ」
カットも答える。キットはレイリールに握られている反対の手で自分の目を覆った。
「本当か……」
キットは歯を食いしばって涙をこらえている。それでもこらえきれずに涙が流れた。
「ただしね、キット」
レイリールの言葉に、キットは目を開ける。レイリールは少し申し訳なさそうな顔をしていた。
「ぼくは何よりも子供達を一番にしたい。君がそれでもいいと思えるのならだ」
キットは躊躇なく、ぎゅっとレイリールを抱きしめた。
「おまえは母親になった。それは当然だ。おれはそれを支える夫になる。それがおれの誇りとなる」
レイリールはキットの胸の中で、ようやく本当に安心した表情を見せた。
「ふふ、ありがとう、キット」
レイリールの目も少し涙で濡れている。レイリールはそれから二人の赤ん坊にも頬ずりした。祝福の拍手がいつまでも鳴り響いていた。
次回 第三十七話 その後




