36-1.レイリール・ゲルゼンキルヘン
リールは眩しい空間の中を歩いていた。
「レイリール、ぼくの半身、どこだ」
リールは空間の中に立ち込める靄をかき分けるように進んでいた。
ポテトが大粒の涙を零しながら叫んでいる。
「おまえ達なんか死んじゃえ! みんなを返せよ! 返せ!」
「ポテト……」
レイリールは眩しい空間の中で聞こえたポテトの声に顔を上げる。次にはカールの声が聞こえる。
「ポテトにおまえを殺させるつもりだったのか? ポテトに罪を背負わせるつもりだったのか!?」
「カール……」
次々にみんなの声が聞こえてくる。
「あんたなんかいらない!」
「ダンを取らないでよお!」
「おまえなんか」
「おまえなんか」
「おまえなんか」
「おまえなんか、死んじゃえ!!!」
リールはもやの先に倒れているレイリールを見つけた。リールは動かないレイリールを見下ろす。
「おまえ、死んだのか? 心で殺されたのか。愛した者から愛されなくなっただけで死ぬなんて、ぼく達はなんて簡単な生き物だったんだ」
靄がブラックの形を作り、レイリールの隣にしゃがむ。
「おまえのせいでレイリールが死んだ」
ブラックの像ははっきりしていないが、憎悪に満ちた目でリールを睨んでいるのが分かる。
「そうか。今度はぼくが殺される番か」
リールは天を見上げる。
「ローリー、君にぼくの存在を消してもらう必要などなさそうだ」
靄が次々と固まり、子供の島の住人だった子達の影が作られていく。それは全てリールを睨んでいるように見えた。リールの足は思わず数歩下がった。
「ぼく達はこの世で最も残酷な罪を犯す。みんなに殺意と言う負の感情を持たせる。でもそれは……」
リールは自分の体を抱いた。
「なんて怖いんだ。こんなのがぼくの最後なのか? 人に憎まれ、恨まれて死ぬのがぼくの最後の望みだったというのか」
リールは後ずさりしながらも、レイリールに向かって手を伸ばす。
「嫌だ、死にたくない。レイリール、頼む、起きてくれ。愛されずに死ぬなんて嫌だ」
リールがそう叫んだ時、靄が一瞬渦を巻いたようになり、そしてどこかへ吹き飛んでいった。消えそうになった意識の中で一瞬見えた。キットがレイリールを抱きしめていた。
「……おい、おい、起きろ」
「ダメだね、起きないよこの人」
カットがリールの胸倉を掴んで、その顔をぺちぺちと叩いている。隣にはエドアルドが立っていて、「もっと強く叩いてみたら?」と言っている。
「やめて、カット。あなたが本気で叩いたら、リールの顔が腫れあがっちゃうわよ」
そう言うアンナは赤ん坊を二人抱えている。カールが寄ってきて、一人を預かる。すると赤ん坊が笑顔のようなものを見せる。
「ほら見ろ。こいつはおれが好きなんだ」
カールはにこにこしながらポテトに自慢する。
「まだ二カ月だろ? じいちゃんの顔なんかわかりっこないって」
ポテトがそう言っていると、アラドが少し興奮したような顔で近づいてくる。
「だ、誰の子なんだ? さ、触ってみてもいいか?」
「あれ? あんた知らないの?」
ポテトが喋ろうとすると、グルジアが止める。
「ポテト、お披露目は今からだ」
ポテトが「わかったよ」と返事している後ろで、ドルはアンナに話しかける。
「なんだ、ばらしちゃうの」
「フフ、だってあの子達のバカな考えを止めなくちゃ。ヤマシタに連れてきてもらっていたのよ」
アンナは帽子を深くかぶせている赤ん坊をあやしながら答える。
みんなが赤ん坊達を見てそわそわしていると、会場の扉が開いてレイリールを抱えたキットがブラックと共に現れた。
「レイリール!」
アラドが呼ぶと、みんな「やっぱりいたんだ」と呟く。アラドは眠ったままのレイリールの顔を覗き込みながら、キットに聞く。
「おまえ、病院からここまで担いできたの?」
「当然だ。起きて逃げられたら困るからな」
アラドがブラックにおまえはそれでいいのかと聞くと、ブラックは「おれが連れてきたかった」と不平を漏らす。
レイリールはリールと並べて寝かせられた。みんなはその二人の顔をまじまじと見つめる。サーシャはフンっと鼻を鳴らす。
「こう見ると本当にそっくりねえ。記憶が変わっても気づかない訳だわ」
双子のサーシャとキーシャも似ているが、区別がつけられない程ではない。ところがこの二人は並べても分からないくらいだ。
「わ、わ、わたしは正直、怒ってる。わたしに、あんな悪夢を、見せて」
「それはみんなだと思うな」
キーシャの言葉にルテティアが答えると、みんな頷いていた。そこへラウスが前に進み出てきた。
「愛されたいと願う力も、人に共感してしまう力も、人間誰しもが持つもの。そのメサィアという力をみんなに分けよう。そのためにみんなを混ぜた。それでリールとレイリールは完全な人間になれる」
ラウスは誇らしげな顔でそう言ったが、みんなのじとっとした視線を見て「あ、あれ?」とたじろぐ。
「あの悪夢の原因はほとんどおまえのせいだろ」
イランが呆れた顔で言うと、お腹の大きいブルーがラウスに詰め寄る。
「本当に何なのよ、あの夢は! なんであたしがリールと結婚して子供を捧げなきゃならないわけ!?」
「いや、ハハハ、ぼくもみんなの夢を全部把握していた訳じゃないし、ね? ね?」
ラウスと結婚したブルーも、ラウスに二面性がある事は知っている。ただそれでもやっぱりラウスは優しいのだ。やり方はどうあれ、リールとレイリールのためにこの計画を考えた。ラウスは困ったように笑いながら、みんなに謝っている。
みんなは夢の話をしながら憤慨する様子を見せていたが、それでも最後には仕方ないとため息をついた。
「レイリールが助けてくれたからな」
「うん、レイリールが助けてくれた」
みんなの心が殺意や憎しみで支配された時、レイリールの声が聞こえた。それはイランにも聞こえた。
「イラン、思い出せ。子供の島は本当にあった」
体験した日々、動かされた心がうそでない事、レイリールは教えてくれた。
イランはレイリールの足元に座って、その寝顔を見つめた。
「やっぱりおまえは非情になりきれないよ。結局みんなを救った」
「とりあえず一発引っぱたいてやりたいね」
カイナルはローリーの肩を抱きながら怒っている。みんなはレイリールとリールが起きるのを待った。




