33-4.混沌
アラドは病室に入って、眠ったままのレイリールの頭をそっと撫ぜた。
「また……来るよ」
アラドは病院を出ていく。その病院はメサィアの御所、洞泉宮の敷地の隣にある古い病院で、実はもう建て替えが予定されているものだった。そのため他の患者はおらず、医者もいない。この病院をヤマシタに手配させたのも、男のリールだ。
男のリールはここには来ないものの、レイリールと意思を通じている。
近い内に消滅を望んでいる二人は、医者にかからない事を選んだ。それでもレイリールを家から連れ出し、廃病院などに連れてきたのは、赤ん坊達から引き離すためだ。
レイリールはうなされながらも赤ん坊達の事を気にかけていて、その泣き声が聞こえる度にレイリールも泣き叫んで謝り続けていた。レイリールを落ち着かせてゆっくり静養させるためにここに来ていた。
キットとアラドはレイリールが狂っている事を初めて知った。レイリールのその症状が出たのは二度目だと言っていたが、その異常さを目の当たりにした二人は、レイリールを見つけた事を素直に喜ぶ事ができなかった。
アラドは病院の広い駐車場の中を歩いていく。アンナを乗せてきたヤマシタの車はもう去っており、ベレチネの車が一台止まっているだけだ。
消えかけた白線を見ながら、アラドは呟いた。
「バカだな、あいつ。そんな事でおれ達の前から消えるなんて」
レイリールが狂っていた事はもちろんショックだ。でもそれは決してレイリールのせいじゃない。アラドは少し涙を拭った。
アラドは翌日、イランにレイリールが見つかった事を話した。イランは「本当にいたんだ。よかった」と言っていたが、アラドの元気がないのを気にかけた。
「どうした? 嬉しくないのか?」
「いや、嬉しいよ」
アラドは一応の笑顔を見せたが、キットと一緒に仕事に向かう所だったイランに詳しい説明はできなかった。キットはレイリールの事を話すつもりはなさそうに見える。アラドも今はうまく言えないと思いつつ、オラデアと仕事に向かった。
オラデアが社長を務めるアラド達の会社は、この一年の間に随分と忙しくなっていた。オラデアとイランだけでは手が足りなくなり、オラデアと結婚したキーシャも経理事務として働き始めている。ダンは会社には所属せずMAとなったが、リールの指示でオラデアの会社をサポートする業務につき、ちょくちょく顔を出している。
ちなみにサーシャは洞泉宮の従業員として働いている。ダンと一緒に暮らしているが、まだ籍は入れていない。
多忙な中でも、アラドはなんとかレイリールの所へ行く時間を作った。しかしレイリールはなぜかずっと眠ったままだった。ヤマシタやベレチネはリールに内緒で医者に往診に来てもらったが、原因はわからないとの事だった。
キットはあれ以来、レイリールの見舞いには来ていない。
そして八月も終わりが近づいてきていた。
次回 第三十四話 終わらない悪夢




