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子供の島の物語  作者: 真喜兎
第三十三話 混沌
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33-3.混沌

 レイリールは(もや)が立ち込める空間を歩いていた。


「リール! リール! どこだ!?」


 レイリールは男のリールを呼ぶが、リールは出てこない。


「なんだ、ぼくは一人になれたのか? これが一人……なんて寂しいんだ」


 レイリールは膝をついて、胸を鷲掴みにする。戦争の記憶、殺され続けた記憶が蘇る。


「ぼくはまた狂うのか……?」


 レイリールとリールはお互いを同一の存在と感じる事で、心のバランスを保ってきた。一人で背負うにはあまりにも辛い記憶。だがその一方で、レイリールはリールと違う自身でありたいという願いを心の底に隠してきた。


「ぼくはみんなを好きになったんだ」


 アラドを好きになった。キットを好きになった。ブラックやオラデアも好きになった。ダンやドルも、カールやグルジアだって好きだった。他の男の子達ももちろん好きだし、女の子達だって大好きだった。


 でもそんな感情さえリールに取られた。それでも仕方ないと思ってしまう自分が情けない。けれどただ一つ、リールが持っていない願いがある。


「ごめんね、キット。ぼく、君に笑ってほしかったんだ……」


 レイリールは膝をつき、涙を流した。






 レイリールは部屋に寝かされて、意識がないままに身悶えしていた。そして時々、混沌とした記憶にうなされ叫んでいた。


「グルジア、カール、死なないで!」


 レイリールの横にグルジアが座り、カールは涙ぐみながらその後ろに立っている。レイリールの様子が落ち着き、目を開きかけた所でグルジアはカールを叱咤した。


「バカ、笑え!」

「おう、おめーは」

「おれはこれが平時だ。にこにこしてたら怪しいだろうが!」


 レイリールが目を開く。グルジアは普段と違う少し優しい声色でレイリールの名を呼ぶ。


「レイリール」

「グルジア、カール……フフ、二人ともいた」


 レイリールは汗だくな顔を向けて微笑む。カールはなんとか微笑み返す。レイリールはまた目を閉じた。今度は落ち着いて寝ている。カールはこらえきれずに涙を零した。


 アンナはレイリールの汗を拭う。この一年、レイリールの手前ではカール、グルジアとうまくやっているように見せていた。だがアンナの中にはずっとわだかまりがあった。


「あなた達はどうしてレイリールを苦しめるような事をしたの」


 グルジアはレイリールに出会った時を思い出しながら、静かに答える。


「こいつは金と権力を持っている娘だと思った。こいつを捕まえとけば、有尾人が安心して暮らせる場所を作れるんじゃないかとよ。おれ自身のためもあるが、おれが死んでもそれを作らせるためには有尾人のガキを作らせちまうのが一番だと思った。そしたら子供のために、有尾人が安心できる場所を必ず作るだろう?」


 アンナは少しだけ眉をひそめたが、黙ってグルジアが話すのを聞いていた。グルジアはレイリールを見つめたまま、帽子を取る。


「だが、バカな事をしちまったと思った。こんな娘を壊して……」


 グルジアが子供を作れと命令した直後に、レイリールは壊れた。それはキットのせいだと思い込もうとしていたが、グルジアもカールも内心では自責の念に駆られていた。


「おれが壊した。おれのせいなんだよ」


 カールはずっと涙を流している。アンナはレイリールの中にいた者の話はしなかった。それをどう説明すればいいのかわからなかったし、グルジアとカールの二人がレイリールを利用しようとした事は事実だったから。グルジアは全ては自分達のせいだと認めながら言葉を続ける。


「だからせめて男をつけてやろうと思った。こいつを幸せにしてくれる男を。有尾人であるのが一番だったが、もう構わねえと思った。こいつを幸せにできる男を見極める事。それがあの島の計画だった。やり方はこいつに任せた。おれはただこいつがバカな男を選ばねえように見てたんだよ」

「……勝手ね」

「他に思いつかなかった……」


 グルジアはうつむく。アンナはそれ以上責める言葉は言わなかった。どんなやり方であれ、グルジアもカールもレイリールの事を考えようとしていた事はアンナにもわかったからだ。


「これからもレイリールを助けてくれるんならいいわ」


 ただそれだけ言った。






 レイリールは病院に運び込まれた。ヤマシタが運転する車にブラックが付き添って乗っている。ブラックの肩にもたれるように寝ていたレイリールは僅かに目を開いた。


「ブラック……ごめんね」


 ブラックは何も言わずにレイリールの頭を抱きしめた。






 翌日、病院に着替えなどを持ってきたアンナが、キットとアラドと共に現れた。キットとアラドがアンナを見つけ出せたのはエドアルドのおかげだった。


 車の整備工場で働くようになったエドアルドは、レイリールの屋敷で所有している車の整備を任されていた。エドアルドは車の管理を担当しているヤマシタを、男のリールの使いだと思っていたのだが、話を聞いたイランが、キットとアラドにもヤマシタの事を話した。二人は用心深いヤマシタをどうにか尾行し、レイリールの屋敷を突き止めた。


 ちょうど出かける所だったアンナは、二人を見つけるとため息をついた。


「ヤマシタ、わざと?」


 ヤマシタは「まさか」と返事したが、現れた二人に驚きもしていなかった。






 レイリールの側にはベレチネと言う女性がついていた。男のリールはレイリールが安心できるよう、レイリールを思っている看護師のベレチネを呼び寄せていた。


 アンナはレイリールの荷物をベレチネに渡す。レイリールはずっと何かにうなされるように寝ていた。時々うわ言で何かを叫ぶ。アンナは病室を出ながら、入り口の方に立っていたキットとアラドに声をかける。


「わかったかしら? あの子がどういう子か。あなた達にあの子を受け止める事ができる?」


 キットもアラドも何も答えられなかった。アンナはそのまま通り過ぎる。やがてキットも何も言わずに背を向けた。


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