32-1.カール
ちょっとこのカール編は酷い事になってるので、できれば書き直したいと思っております。ご容赦ください……
ドルはグルジアを殴った。非力ゆえにアクロスが殴った時ほど吹き飛ばせないが、グルジアは一、二歩下がった。
「……てえな」
「殺してやる……殺してやる……殺してやる……!」
ドルは荒く息をしている。グルジアは唾を吐き、口元を拭う。
「別におまえに殺してもらわなくたって、長生きする気はねえよ」
「お、お父さん……」
捻くれた言い方をするグルジアを心配して、レイリールは手を伸ばす。
「そのむかつく呼び方はやめろと言ったはずだぞ、リール、いや、レイリール!」
レイリールはビクッと肩を震わす。
「バカな事しやがって……キットの奴のせいだ。キットがこいつをこんなにした……!」
急にキットの名が出た事に、アクロスは驚く。
「な、何?」
「おれがこいつを孕ませようとしたのは本当だ。だがこいつはもうその時には壊れてた。キットがこいつをそうしたんだよ。おれはキットを許さねえ。あいつはリールにはふさわしくねえ!」
「な、なんだと……? 壊れてるってのはなんだ?」
「こいつは心の病気だ。過去の記憶に苛まれ、時折狂う。こいつは普通の人間じゃねえんだ。それを受け入れてくれる男が必要なんだ」
ドルはグルジアの言葉を理解しようと、少し呼吸を落ち着かせる。
「グルジアは、何をしようとしているの……?」
「有尾人が安心して暮らせる場所を作る。それは本当だ。それがこいつの願いで、キットの願いでもあったからだ」
「キットの願い……?」
グルジアは少し前のキットと女の子達の会話を思い出して、顔をしかめさせる。
「だが、レイリールを怯えさせただと? 怖がらせ、傷つけただと? こいつが望んでなけりゃ、とっくに殺してた! あいつはレイリールにはふさわしくねえ! レイリールを幸せにできないあいつに、この島にいる資格なんかねえ!」
アクロスにもドルにもようやくだが、少しグルジアの事が理解できかけてきた。レイリールの事を道具のように扱おうとしたのは本当のようだが、今は決してレイリールの事を考えていないわけではない。
「グルジア、おまえ……」
「リールのため……なの……」
「おれのためさ」
グルジアはまた帽子をかぶり直す。
「バカな事しちまった。償いの余生を送る事になるなんてよ」
この島に来る前、六十三歳のグルジアは故郷の国を出てレイリールについてくる事を選び、カール達と引き合わされた。グルジアはカールと意気投合し、お互いの事を話していた。
「カール、おまえはいくつだ」
「四十九」
「女は?」
「女なんかいねえよ。おれにはポテトだけだ」
グルジアはタバコをふかしながら、話してみろと促す。カールは両親や祖父母を早くに亡くした事、カールの子供を産んだ女は子供を置いて逃げた事、そして一人で子供を育ててきた事を話す。
「息子の嫁も逃げちまった」
カールはその時は女遊びをする癖があったとは言わなかった。だがそれのせいでカール達親子は村の者に睨まれ、それに耐えきれなかった嫁も子供を置いて逃げた。その置いていかれた子がポテトだった。
そして故郷で戦が始まり、その中で息子は死んだ。カールに残ったのはポテトだけだった。
グルジアは話を聞きながら、ふーっと長く煙を吐いた。
その後、グルジアはレイリールに子供を作れと命令した。
「カールかポテト、どちらか選べ」
その時のグルジアの目的は、有尾人との子を作らせる事でレイリールを自分達有尾人のために動く人間にする事だった。グルジアはいつものように煙をふかしながら喋る。
「あいつらはいい奴だ。おまえを悪いようにはしねえはずだ」
レイリールはカールを選んだ。まだ十五になったばかりのポテトには勉強させたいと答えたのだ。
グルジアはカールにも命令した。さすがのカールもたじろいでいたが、グルジアの言葉を聞いている内に渋々頷いていく。
「孕ませちまえばもう逃げられねえだろ。おれ達が安心して暮らせる場所に一緒に暮らしゃあいい。おれは自分の嫁だってそうした」
グルジアが本心以上に捻くれた乱暴な物言いをする事を、まだ知らなかったカールはグルジアに怯えた。
「悪いな、リール……おれもあいつが怖いんだ。ポテトやリンちゃんに何かするんじゃないかとよ……」
レイリールをベッドに導きながら、カールは頭を下げる。レイリールは少し視線を落としながらも、ふっと笑った。
「グルジアは酷い事なんかしないよ」
カールがレイリールの体に触れかけた時、レイリールは狂った。訳の分からない事を叫び、自分の首を絞めるようにしながら悶える。それはもちろんレイリールの意思ではない。ただレイリールの中にあったあらゆる思いがたまたまその時、爆発した。
カールはグルジアを呼び、グルジアはカールがレイリールを狂わせたと思って、カールを殴った。
「誰がこんなにしろと言ったあ! カールゥ!」
「お、おれじゃあねえ! 多分キットって奴のせいで……!」
レイリールが狂いながらキットの名を呼ぶのを聞いて、グルジアとカールはキットという男のせいでレイリールが狂ったのだと思った。やがてレイリールは落ち着いたが、グルジアは落ち着かない様子で顔をしかめ、帽子を深くかぶりながら出ていった。
その後、リントウが部屋のドアを開ける。リントウは半裸のままのレイリールとカールを見た。そして怒り狂ってカールを殴る。
「カールゥ! どういうつもりだ!? おまえはこんな娘を……!」
「ち、違う、リンちゃん……!」
怯んでいるカールの後ろで、まだ少し夢現な表情をしたレイリールが静かに話し出す。
「違うよ、リントウ。ぼく、結婚するんだ、カールと……」
「な、何?」
「カールと子供作るんだ。有尾人の子を産むんだよ」
「な、何を言っている?」
困惑しているリントウに、レイリールはキットの夢を話した。
「その望みを叶えるために、グルジアが考えてくれたんだよ。ぼくは有尾人の子を産む。そしたらもう逃げられないから。ぼくは有尾人のための世界を作るようになる」
リントウはレイリールに縋りついた。
「キットという男のためか! そんな事のために、おまえは自分を捨てるのか!」
「ぼくね、キットに……」
レイリールは遠い目をして、かつてキットと過ごした日々を思い出した。




