31-5.グルジア・シュワルナゼ
キットも自分の家だった場所に来ていた。そこで以前イランから奪うように買い取ったスケッチブックを、押し入れの中に入れていたのを思い出し、それを引っ張り出した。そしてそれをめくりながら呟く。
「見ろ。やっぱりいるじゃないか」
そこにはカイナルが描いたレイリールがいた。スケッチの中のレイリールに軽くキスをし、その拳を握りしめる。
「絶対に、逃がさん……! このおれが逃がすと思うのか……!」
アラドは食堂に来た。この島で暮らした日々を思い出しながら、そのままになっている備品を見る。みんなが座っていた椅子を一つ一つ辿っていく。そして真ん中の奥から二番目の席で立ち止まる。
「ここに座っていたのは誰だ……?」
キットも食堂に入ってくる。キットはアラドを見、椅子の席を見、自分達が座っていた座敷を見る。女の子達が自分の前に来て話をしていった時、最後に誰かが手前の席に座った。その言葉を聞いて、キットは涙を流した。
「思い出せないのがいるな」
「そうだな、もう一人いる」
キットは少し考えてから、アラドに問う。
「なぜこの島は子供の島になった?」
「……誰かが望んだ。たぶん思い出せないこいつ」
アラドはローリーが座っていた椅子を軽く動かす。
「ネバーランドを作りたいと、自分のように一人ぼっちの誰かを助けてあげたいと望んだ」
「フン、子供じみた願いだな」
「うん……でもそいつの言葉にリールが共感した」
アラドはレイリールと出会った頃を思い出す。
「リールには何もなかった。自由すらなかったあいつは、やがてやりたい事を見つけたと言うようになった。多分それがこの島になった」
「それでなぜ消えた?」
「わかんない。色んな事に一生懸命だったから、疲れちゃったのかな」
キットはフンと鼻を鳴らす。
「正直うんざりだ。なぜいつもおれから逃げる」
アラドは少し考えてから口を開く。
「あいつは……いつの間にかおれを見なくなっていた。この島にいる間も、おれを見ているようで見ていなかった」
アラドはいつもレイリールが島の外に出る時、怯えていた。そのままどこかへ行って、もう二度と帰ってこないんじゃないかと震えていた。
「でも違った。あいつはちゃんとおれを愛してた。だってあいつは幸せだって言ったんだ。おれに抱かれて、幸せって言ったんだ」
キットは思わず壁を殴った。石膏ボードの壁に穴が空く。
「……すまん、以前殴ったのを謝る」
「別にいいよ……? 殴られるの覚悟だったし」
「おまえはおれが嫌いじゃないと言っていたな。おれはおまえが嫌いだ。おまえは優しすぎる……! 幸せ、だと」
キットは瞬間的にオラデアの言葉を思い出した。
「キット、おまえができねーんなら、おれがする。おれを失望させんじゃねー」
そしてイランとの会話も思い出す。イランは自分もリールへの気持ちがあるのに、リールの側にいたいと言うキットを拒絶しなかった。
ブラックがケガした時の事も思い出す。ブラックはリールのために自分がケガをするのも厭わなかった。
「おまえ達……! 優しすぎるぞ……!」
キットは壁に拳を当てたまま、ぶるぶると震えている。
「落ち込むなよ」
「落ち込んで……ない!」
アラドは入り口に向かい、キットの側を通り過ぎる。
「諦めろよ、キット。おれはもう諦めない。だからもう諦めろ」
キットは拳を握る。
「あいつはおれのものだ……! おれはあいつを愛してる。愛してるんだ。何度も、何度も、何度だっておれのものにしてやる。おれが幸せにしてやる……! 幸せに……」
キットは最後に力なく呟いた。
二人は島から戻り、大陸の港まで送ってもらう。アラドは振り返って漁師に聞いた。
「あんたに聞きたい。リールは……レイリールはどこにいる?」
「わたしは一介の漁師で……」
「ん、いいから。どこ?」
漁師はすっと立って、軽く頭を下げた。
「わかりません。ただ、近くにいると思います」
「そう、ありがとう」
アラドは漁師に背を向けて、街の方へ歩き出していく。そして天を仰いだ。
「なんで気づけないかな……こんなに愛されてるのに」
キットはアラドを追う。
「待て、レイリール、だと?」
「そう、おれ達が探している人の名前」
「そうだ……確かにそう名乗った。なぜ忘れていた」
キットははっきりと思い出した。初めて会った時の事、島に戻った時にリールが自分の顔を覗き込んでそう名乗った事。
「おれのレイリール……!」
キットは胸を締めつけるように服を鷲掴みにした。アラドは歩きながら話す。
「おれはちょっと様子を見るよ。レイリールを探し続けはするけど、男のリール、あいつが何のために出てきたのか知りたい」
「それが上策……だな」
「初めて意見あったね」
「不本意だ」
アラドは思わず吹き出すように笑う。
「なあんか楽しいなあ、愛しい人を探すって。闇雲に彷徨うしかなかった以前とは違う。絶対に見つけられるって思えると、こんなに楽しい」
「同感だな、見つけた暁には一発引っぱたいてやる」
「ああ、おれも今、不本意な事になったわ」
「ククッ」
キットも思わず笑う。
「おまえ、そんな風に笑うんだね。初めて見たよ」
「何か……胸のつかえが取れた気分だ」
「……負けないよ?」
アラドが言うと、キットはニッと笑う。
「おれに敵うと思うなよ」
アラドはクックックと笑った。
「やべー、おれら実は結構気が合うのな」
「不本意だがな。愛する者まで同じというのは勘弁願いたい」
「こっちの台詞」
アラドもキットも険悪さがなくなり、笑顔で歩いている。身長の高いハンサムな二人が歩いている姿は人目を引く。だが二人はそれを気にせず歩いていく。
「おれはカイナルの方から探るよ」
「カイナル?」
「ああ、消えたもう一人は多分カイナルが知ってる」
アラドはカイナルがローリーという子と結婚すると言い出している話をする。ローリーという名を、キットも思い出せなかった。だがそれが消えたもう一人の可能性は高いと頷いた。
「それならおれは男のリールの方だ。直接手は出さないが、探る手はある」
レイリールを見つけるため協力し合う事を、二人は無言の頷きで確かめ合った。




