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子供の島の物語  作者: 真喜兎
第三十一話 グルジア・シュワルナゼ
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31-1.グルジア・シュワルナゼ

 子供の島が終わる。


 男のリールは島での最後の食事を終えると、これまでのみんなの労を労い、最後の挨拶をした。そして島を出る準備が終わり、大人の姿に戻った子から順々にボートに乗って子供の島を脱出していく。





 故郷を失くしたグルジアは、第二の故郷と考えていた子供の島の生活が終わる事に絶望を覚えていた。まだ子供の姿のままのグルジアは、愛用の猟銃を持ち、島の中を歩く。誰もいなくなった島の中で、猟銃を自分のあごの下に当てた。


 バアンっと銃声が響く。グルジアの銃を奪っていたのはアクロスとドルだった。二人ともまだ大人の姿に戻してもらっていない。リールもグルジアを守るように抱きしめていた。男に変わってしまったリールではない。元々この島にいた女のリール、レイリールだ。


「グルジア、死なないでよ……!」


 グルジアはそっとレイリールの肩を抱いた。


「なあんだ。やっぱりいるじゃないか」


 みんなの中のリールの記憶は、男のリールにすり替えられていた。しかし、グルジア、ドル、アクロスの記憶はすり替えられていない。グルジアは男のリールが現れると同時にいなくなったレイリールの事を心配していた。


「グルジア、死ぬつもりだったのか!?」

「グルジア……!」


 アクロスとドルはグルジアを心配そうに見つめている。急にレイリールが現れた事にも驚いたが、それよりも今はグルジアが死のうとした事の方が衝撃だった。


 グルジアはレイリールの腕が自分を放してくれるのを待ち、それから落ちた帽子を拾った。


「死のうなんざ思ってねえよ。一度死んだ気になれば、気持ちに整理もつくかと思っただけさ」

「そ、それでも危なかったぞ」


 アクロスは猟銃をぎゅっと握りながら言う。


「フン、このまま死んじまうのも手かとは思ったがな」


 グルジアは深く帽子をかぶった。そして「もう弾は入ってねえよ」と言いながら猟銃を受け取る。そしてレイリールに向き直った。






「さて、どういうつもりだ、レイリール」

「ん……ごめん」


 レイリールは気まずそうにしている。


「アクロス、ドル、おまえ達もグルか」

「い、いや……?」


 よくわからないグルジアの言葉に、アクロスとドルは不思議そうな顔をする。その後ろでレイリールは舌打ちでもしたそうに顔をしかめる。


「彼らはたまたま……というか、あいつが取りこぼしたというか……あいつ、いい加減な仕事しやがって」


 本当はアクロスとドルも記憶をすり替える予定だった。それを男のリールは忘れてしまったのだ。グルジアは話を続ける。


「リール、おれはちょっと腹が立ってるぞ」

「ご、ごめん」

「どういう事だ……?」


 アクロスとドルにはまだグルジアの言動の意味が理解できない。


「おれはこの島で最後を過ごすために来た。この島の計画は、おれが仕組んだ事だからな」


 二人は目を丸くする。グルジアは低く唸るように声を出した。


「リールゥ……おれはこの島で有尾人が安心して暮らせる場所を作りたいと言ったはずだ」

「ん、うん」


 レイリールは困ったように頷く。


「それがこの(てい)たらくはどういう事だ? ミルキィは出ていき、カール達もいない。キット達などどうでもいいが、結局なんにもないぞ……!」

「な、なんなんだ、グルジア、おまえ」


 アクロスは不審がってグルジアに尋ねる。


「何もこうもない。有尾人が暮らす島。それだけだ」


 グルジアは耳を掻きながら舌打ちする。


「チッ、耳の毛ってのは剃るのが面倒なんだ」

「え? おまえ、有尾人……?」

「なんだ、見せればいいのか?」


 グルジアはズボンの中から毛の生えた尻尾を取り出す。それは今まで気づかなかったのが不思議なほど、毛が多く生えた尻尾だった。


「なんで隠して……」

「おれは用心深いんだ。そもそもおれは有尾人の暮らす島の生まれじゃない。普通の人間が暮らす国の山奥の村で、ひっそり生きてきた有尾人の末裔なんだよ。ひたすら隠れて生きなければいけなかったおれ達の苦しみが、おまえらにわかるか……!」


 アクロスとドルは帽子の下で顔をしかめているグルジアを、驚いた表情で見つめている。


「ここはなあ、居場所を失ったおれ達が住むために作られたんだよ。有尾人でなくともいい。おれは混血だしな。だがそれでも有尾人だ。隠れて生きた。仲間もみんな。だがな、その場所も奪われた。村はなくなり、山に海にばらばらに散り、それでも隠れて生きなければならない」


 グルジアはぎりっと奥歯を噛む。


「ほんの僅かな違いで、なぜこんなにも生き苦しい……!?」

「な、なんで子供に……?」


 アクロスとドルはこの島で大人が子供の姿になった理由を知らない。グルジアはレイリールの心を癒すためだと聞いているが、それを説明はしない。


「フン、子供にしたのはおれの意思じゃない。その辺の事はリール任せだ。おれはただじっと見てた。ブラックやダン……居場所を失った奴らがこの島にいるのを。サーシャやキーシャなんかはいてもよかった。苦しみを受けた女は従順だからな。下手な事はしない」


 アクロスはグルジアの言葉にカチンとくる。


「な、なんだおまえ!」


 アクロスの非難する声に、グルジアは構わない。


「キット達には腹が立ってたぞ。頻繁に街に出やがって。いつかバレるんじゃないかとやきもきしてた」


 グルジアは憤怒が抑えられないと言うように唸る。


「リールゥ……このバカが。全部、台無しだ……!」


 グルジアはレイリールを叩き始める。


「な、何してんだ、おまえ!?」


 アクロスはレイリールを庇うために思わずグルジアを殴る。怒気に満ちたグルジアの様子に、ドルは自分を虐待していた叔父の幻影を見て動けない。レイリールはただ震えている。


「ご、ごめんなさい、お父さん」


 グルジアは口元を拭い、唾を吐き捨てる。


「いてえな。年寄りは大切に扱え」

「何言ってんだ、おまえ」

「おれはもう六十三だ」

「そういう事言ってんじゃねえよ!」


 レイリールはアクロスに縋る。


「アクロス、やめて、お父さんを殴らないで」

「お父さんって何? 本当のお父さんじゃないよね……?」


 ドルは怯えながら聞く。


「そいつはおれに(あるじ)になってほしいと頼んだ。おれの命令を聞く道具になると、そいつが言ったんだよ」


 アクロスは拳を作った手を震わせた。


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