30-11.モンスター
レイリールは雲がかかって日差しが和らいだ外を見て言った。
「あの子にはまた出会ってほしいな。あの子の記憶も消えちゃうから」
「誰だ」
「わかるでしょ? でもあの子は大丈夫か。カイナルがきっと見つけ出してくれる」
「カイナル……」
アラドはしばし考える。レイリールを睨むような目で見たままだ。そして口を開く。
「レイリール」
「ん?」
「愛してる」
レイリールは思わずフフと笑う。
「何? 出し抜けに」
「おれが見つけ出してやる」
「……無理だよ」
「おまえが誰かわからなくなっても、おまえと話した記憶は消えない。違うか?」
レイリールは少し沈黙する。アラドがそこに気づくとは思っていなかった。
「……ずいぶん賢くなっちゃったな。うん、でも……愛してるよ、アラド。君との約束、叶えてあげたかったな」
アラドはこの島に初めて来た日、レイリールにプロポーズした事を思い出す。
「リール! この島の計画が終わったら、結婚しよう!」
そう言った。
アラドは笑う。
「嬉しい事言ってくれるんだな」
「最後……だし」
アラドは髪をかき上げながら笑った。
「ククク、ハハハ、あーやばい。やっぱりおれ、負ける気しないわ」
アラドは天を仰ぐように顔を上げる。
「おれさー、もう一人じゃないんだよね」
「それは……何より」
この計画の目的の一つはアラドを幸せにする事。つまりはアラドが以前レイリールに呟いた、たくさんの家族がいたらいいという事を実現させる事だった。だが警戒心の強いアラドに、無理やり仲良くしろなんて言える訳もない。家族のようなものを作りたいと思ったのは、レイリール自身の望みでもあったため、アラドがそれに共感してくれるかは賭けだった。
友達もいなかったアラドが、みんなに心を許すようになったのなら、それは一つの成功と言える。
しかしレイリールは、アラドの笑みが気になった。まるで戦いをしかけるような、挑発するようなそんな笑みだ。アラドはまた笑う。
「ククッ……意味、違うよ?」
「?」
「一人じゃないって事」
レイリールにアラドの言っている意味は分からなかった。アラドは立ち上がった。外では雲間から太陽が顔を出して、アラドとレイリールのいるリビングを明るくする。
「お腹空いてない? 食堂行こうよ。アンナに朝食取っといてもらえるよう言っといたから」
どこか余裕のある顔をしているアラドを訝しみながらも、レイリールは頷いて立ち上がった。
リールとアラドが食堂に向かっている途中で、キットが現れ、キットはレイリールに今までの事を謝った。うまく言葉を選べないのか、その言葉はたどたどしかったが、それでもキットは精一杯謝っていた。
レイリールは笑って許したが、その笑顔の陰では別の事を考えていた。
精神世界の中で、レイリールはリールを呼ぶ。
「リール……! リール……!」
「なんだ?」
メサィアと呼ばれる少年が、椅子に座った姿で現れる。
「まずい事になったかもしれない……!」
「……なるほど、意外だな。彼がこれほど成長するとは。人間というのは怖い」
「少し早いが、代わってくれ。明日にはローリーが島を出る……!」
「なんだ。計画は成功したのか?」
「おまえの望みは叶う。ブラックやアンナ達もいる。協力してくれるはずだ……!」
「危うい……な、レイリール」
翌日の朝早く、レイリールはさりげなくみんなに触れていった。触れられた子からはローリーの記憶が消える。そしてローリーが島を出た事を、記憶を消されていないカイナル以外は誰も気づかなかった。
そして港の方角ではない広場から、金色の髪と金色の目の少年が、レイリールのいつもの格好と同じ、シャツとスキニーパンツを履いた姿で歩いてくる。
キットは食料などの入荷を終えて、またレイリールを探す。レイリールの家に行くと、アラドが呆れたようにキットを見る。
「なんだ、おまえ。また気に入らない面に戻ったな」
キットの目にはレイリールを必死で追いかけていた頃の熱が戻っている。キットはアラドの事は気にせず、また走り出してレイリールを探す。アラドもキットを追いながらレイリールを探す。道の途中にドルがいて、キットはドルに「リールを知らないか」と声をかける。
「さっき食堂に行くのを見たよ?」
キットは礼もそこそこに食堂に走った。アラドも追い、ドルもなんとなく二人を追う。
「リール!」
キットは食堂のドアを荒々しく開け、そしてリールがいつもの席に座っているのを見た。リールの名を呼びながら走り寄っていったキットだったが、そのほんの少しの距離の間に違和感を覚える。
「リールはどこだ!」
キットはそこに座っていたリールに掴みかかっていた。
「ちょ、ちょ、何してんの!?」
ドルはキットの剣幕に驚いて、リールを庇いに走り寄った。胸倉を掴まれたリールは無表情でキットを見る。
「怖いなあ、キット。ひさしぶり、か。君、ぼくに会う度にそう怒鳴り散らすのはやめてもらいたいね」
「ど、どうしたの、リール」
ドルはそこで改めて、リールの顔を見た。そして僅かに驚いた表情をする。
「こいつがリールだと……!」
「うん。このぼくこそがリール・ゲルゼンキルヘン。とりあえず離せよ、キット」
リールはそう言ってキットの肩に手を置く。リールの金色の目がきらりと光り、キットは頭の中に何かが走ったような感覚を覚えた。そしてなぜ自分がリールに掴みかかったのかを忘れた。自分自身の行動が分からなくなったキットは、不思議そうな顔をしながらリールから手を離す。
「あんた、あのリールにそっくりな人……?」
リールは立ち上がり、近づいてきたアラドの肩にも手を置く。アラドの頭の中にも何か走る。
「……いや、リール、リールか。よかった、ちょうど探してたんだ……?」
アラドもなぜリールを探していたのか分からなくなり、少し首を傾げる。
「ど、どうしたの、おまえら」
ドルは二人の急激な変化に慄くように言う。リールはなぜリールを追ってきたのかを忘れたキットとアラドを見て呟く。
「残酷だね。愛する者を失った事にすら気づけないなんて。まあ、ぼくのせいか」
その日、島のほとんどの子達のリールの記憶は、女のリールから男のリールになった。




