30-8.モンスター
夏も終わりかけた夜の風が流れる。キットは静かに沈黙を破った。
「一つだけ、頼みがある」
「何?」
「キスマークを……つけさせてくれ」
レイリールは苦笑する。
「バカ言わないでよ。彼とできなくなっちゃうじゃない」
レイリールは冗談めかして言う。キットは拳にぎゅっと力を入れる。
「だから……って?」
「おれにもつけてほしい」
レイリールは軽くため息をついた。
「なんなんだろうなあ。君やぼくのその執着は。白状するよ、君の事が愛しくて愛しくてたまらない。ぼくだけのものにして、君をずっと見ていたい」
「なら!」
キットは思わず声を上げる。
「同じ事がね、彼にも言えるんだよ。ぼくはそういう人間なんだ。汚いだろう? 君の真っ直ぐな愛はぼくには辛い。ねえ、キット、改めて聞かせてよ。君のその執着はなんだ? ぼくじゃあなくたっていいはずだ。この世界は広い。君の欲する人が、必ずどこかにいるはずだ」
「出会ったのはおまえだ」
レイリールはその答えに反論する事はできなかった。出会ってしまった。それが全て。
「おれを、諦めないでくれ」
懇願するキットを、レイリールは困ったように見つめる。
「君のそういう姿はあまり見たくないな……わかった。いいよ、キスマーク、一つだけつけて」
「……脱いでくれ」
「どこにつける気?」
「太ももの……内側」
レイリールはまた苦笑する。
「困っちゃうよね。まあ、いいよ。最後のキスマークだ」
レイリールはズボンを脱ぐ。キットはすぐにはキスマークをつけず、レイリールの太ももを愛撫するように唇でなぞる。レイリールは顔を赤くする。
「変な事してないで早くしてよ」
「最後なんて言わないでくれ……」
キットはレイリールの太ももをなめる。そしてからそこに強くキスマークをつける。
「痛い……よ」
「痛いのか」
「それはそうだよ。こんなもの、ただの傷じゃないか」
「……すまん」
「ほら、もういいでしょ。最低の気分だよ。子供を犯した気分だ」
レイリールはズボンを履く。そしてそのまま帰ろうとする。
「おれにはつけてくれないのか」
「君に傷なんてつける気はないよ」
キットはレイリールのパジャマの裾を掴んで離さない。
「……しようがないな」
レイリールはそっとキットの頭を抱き、その額にキスをした。
「愛してるよ、キット。ぼくは君を傷つけすぎたな」
精神世界の中で、レイリールは一人、椅子に座っている。
「本物のモンスターはやっぱりぼくだったな。お父さん、今ならあなたの息子の気持ちがわかります」
レイリールはメサィアとして生きてきた少年の遠い記憶を思い出していた。メサィアを作った博士は、閉じこもっていた自分の子供を救ってほしくてメサィアを作った。
「何もできない事に怒り、怯え、何かが成せるはずだと全てを欲し、あげくの果てに全てを傷つける」
レイリールは島の子供達の顔を思い浮かべる。自分は彼らを救えただろうか。いや、レイリールのした事は彼らをこの島に連れてきた事だけだ。
「誰かを救いたいと嘯いて、ぼくは結局死を選ぶ……償い? そんなもの、この計画を完了する事しか思い浮かばない……」
レイリールは一人うなだれた。
レイリールは翌日、今日はまだ眠いからと言って起きてこなかった。アラドはレイリールの様子を心配しながらも、仕方なく一人で食堂に向かった。
朝食が始まり、リールが来ないと聞いたブルーは立ち上がった。
「ローリー、ごめん。あたし今日は向こう行くわ」
隣のローリーに断ってブルーはお盆を持ち、別の席に座っているルテティアにも声をかける。ルテティアも頷いてお盆を持った。ローリーは突然席を移動したブルーを心配そうに見る。ブルーとルテティアは、キット達の席に行った。
「いい?」
キット達は少々驚くも、二人も来たのでカール達の席とくっつける。キットはいつもの壁側の端の席に、その前にブルーとルテティアが座り、カットが隣のテーブルのグルジアの横に移動する。
ブルーとルテティアは普通に食べだす。キット達も普通に食事を取る。ブルーは食べながらじっとキットの顔を見ていた。そして口を開く。
「あんた、リールに何をしたの」
「……キスしかしていない、昨日は」
ルテティアの食べているフォークにやや力が入る。
「キスしたのか」
キットの隣のアクロスは覇気のないキットを見て言う。いつもと違う様子に静まり返っている食堂の中で、ブルーは話を続ける。
「じゃ、この前は」
「セックス、した」
「ブッ、え!?」
カールの隣のポテトが思わず吹き出す。カール、グルジアは特に動じず、横目でキットに視線を送る。キットはブルー達が来た意図が分からず、淡々と答えている。
「あんた、リールの事どう思ってんの?」
「愛してる」
キットはためらいもなく答える。ルテティアはその言葉に怒りを覚え、フォークを朝食のウィンナーに叩きつけるようにぶすっと突きさす。カットはルテティアの様子に柄にもなく怯えている。
「わかんないなあ。間髪入れずそれを言えるあんたが、なんであんな事するのか」
「……他の奴にも似たような事を言われた」
ブルーはキットを睨む。
「あんた、本当にリールを愛してるの?」
「それだけは間違いない」
ルテティアはフォークを持った手を震わせる。
「じゃあなんで、あんな事するのよ……! あんな傷だらけに……!」
「傷……」
「なんだおまえ、リールにケガさせたんか」
カールが空気を読まずに口を出してくる。
「いや……」
ルテティアはキットの返答にイラつきながら、朝食を食べる。カットはルテティアのそんな様子に相変わらず怯えている。ブルーはただじっとキットを見つめている。
「自覚ないんだ、なるほどね」
「おれは……何を間違った?」
「さあ……愛し方? 人の趣味嗜好は様々だし、それに口出しする気はないけど……」
ブルーの言葉をルテティアが引き継ぐ。
「震えてた……怯えて、怖がってた……!」
キットは島に戻った時、レイリールが体を強張らせた事を思い出す。キットは視線を落として、同じ言葉を口にする。
「な、何を間違った……?」
「わかんない、けど、怖がらせないでよ、怯えさせないで……!」
キットは何も言えなかった。食事の終わった二人は自分達の席に戻っていった。




