30-7.モンスター
それからカットに殴られた痕と手の傷が薄くなり、キットはヤマシタに送られて島に戻ってきた。
出迎えにはレイリールとアクロス、アラドがいる。キットはレイリールにすぐさま駆け寄ろうとした。その瞬間、レイリールはびくっと体を強張らせる。
キットはそれを見て、故郷の島でレイリールを抱きかけた時を思い出した。レイリールを抱こうとして抱けなかった翌朝、レイリールは自分を見て同じように体を強張らせた。キットは泣きそうに顔を歪ませた。
「おれはまた、おまえを怯えさせたのか……?」
キットは力を落とし、大人しくアラドに子供の姿に戻してもらうのを待つ。アラドはげんこつをキットの胸に当てた。
「カットが殴ったって言ってたからな。おれはもう何もしない」
その言葉は今のキットには痛かった。子供の姿になったキットは子供用の服に着替える。そして落ち込んだまま歩き出そうとしたキットの顔を、レイリールが覗き込んだ。
「ようこそ、キット。子供の島へ!」
突然顔を近づけ、にこにこしているレイリールをキットは驚いて見つめた。
「ぼくらは君を歓迎するよ!」
「ど、どういう事だ……?」
「ぼくは、レイリール・ゲルゼンキルヘン! この島はぼくが作った!」
レイリールは両手を広げながら、くるっと回る。
「さあ行こう! 君をみんなに紹介しなきゃね!」
キットはアクロスを見たが、アクロスも訳が分からないというように肩を竦めた。
食事前に食堂に全員集まっている中で、レイリールはキットをみんなの前に立たせた。
「みんな、改めて紹介しよう。ハウイ族のキット! 彼には有尾人初のモデルになってもらう!」
突然の発表に全員が驚いている中、レイリールはアラドにも近づいていく。
「兄ちゃんももちろんだよ! 兄ちゃんは完璧なハンサムだからね!」
完璧なハンサムと最初に言ったのはアラドの母、ノーラだ。レイリールはそれを覚えていて、にこにことアラドの顔を覗き込んでいる。
「あ、あぁ、ありがとう?」
アラドは困惑した表情で答える。ブルーはレイリールを睨んだ。
「意味わかんない。なんなのあんた」
「ん-、そういう計画って事。カットにも話したけど、みんなに幸福を! それがこの計画の目的!」
「リール!」
カットが立ち上がり、何か言いたそうに叫ぶ。
「カット、言ったろう? ぼくはこの島の計画に全てをかける。それ以上などない」
レイリールは手を広げた。
「さあ、食事の時間だ! みんな、食べよう!」
キットが座るべき席を迷っていると、アクロスはキットをいつもの席に呼ぶ。キットは黙ってそこに座る。カットはキットに視線を向けなかった。
食事後、消耗品などの在庫確認をするためにレイリールは倉庫の中に入る。キットもその仕事をまっとうしようと、レイリールを追って倉庫に入る。アラドもレイリールを心配して追ってきた。
「兄ちゃん、勉強の時間に遅れちゃうよ」
「そんなの別に」
アラドはそう言いながらキットを警戒している。キットは覇気のない顔をしていた。
「大丈夫だよ」
レイリールは心配いらないと言うように軽く笑っている。食堂の方からイランのアラドを呼ぶ声が聞こえて、アラドは渋々引き下がる。「何もするなよ」と念押しして出ていった。
しかしレイリールと二人きりになった途端、キットはレイリールをぐいっと引っ張り、キスをした。レイリールはそんなキットを引きはがそうとしながら言う。
「おまえ、ぼくを諦めると言ったろう……!」
「諦める……諦める……」
キットはうつむいて口の中で呟く。レイリールは落とした在庫表を拾った。
「仕事をしよう」
キットは落ち着き、その後は淡々と会話を交わした。
その夜、アラドがイランの家で勉強している間、キットはレイリールの家を訪れた。ノックの音に部屋を空けたレイリールは、そこにいたキットを冷たい目で見る。
「何?」
「……話がしたい」
キットは視線を合わせず、呟くように言う。覇気のない表情のキットを見ながら、レイリールは「いいよ」と答えた。
外を歩き、木陰に入った時、キットはレイリールを押し倒した。そしてその唇にキスをする。
「キット」
レイリールは表情を変えない。キットはレイリールのパジャマのボタンを引っ張って外す。胸が半分見えてもレイリールは表情を崩さない。
「キット」
レイリールの声色は冷静なままだ。キットはレイリールのパジャマを両手で掴んだまま、ぶるぶる震えている。
「キット、おまえ、ぼくを諦めると言ったろう?」
キットは歯ぎしりした。
「ぼくはアラドを選んだ。もう君の物にはならない」
キットは震えながらゆっくりと片手を離す。だがもう一つの手は握ったままだ。レイリールはじっとキットを見つめる。
「君のその執着はなんだ? なぜそこまでぼくにこだわる」
キットはたまらず、レイリールの胸倉をもう一度掴んだ。
「おれに執着しているのは、おまえの方だろう……!」
キットは苦痛を感じているかのような顔で叫ぶ。
「なぜ、おれを戻させた……!? なぜキスを拒まない……!? おれに、期待させるな……!」
レイリールはしばらく驚きの表情を隠せなかった。キットはしわくちゃになったレイリールのパジャマをゆっくりと離す。
「う、うそだ。すまん……おれだ。執着しているのはおれの方だ……」
「いや……」
レイリールは天を仰いだ。雲間から月明かりが差している。キットの顔は光の影になっていてよく見えないが、落ち込んだ表情をしているのはわかった。
レイリールはパジャマのボタンを閉めて、体勢を立て直した。そしてキットを見つめる。
「キット、一度抱かせてくれないか?」
キットは顔を上げる。
「そしたら諦める。君の事を諦めるよ」
キットは数歩後ずさった。こんな凶器のような言葉があるだろうか。同じ言葉をレイリールにも言った。
「大人に戻すよ」
「い、いやいい」
レイリールは少し笑う。
「何言ってんだ。ぼくが危ない人みたいじゃないか」
「大人の姿だと、おまえを怯えさせる……」
レイリールはまた少し驚いたようにし、それからゆっくりキットを見る。
「怖くないよ」
レイリールは本当の子供に語りかけるような優しい声色で言ったが、キットは近づいてこようとはしない。
「参ったな……」
しばらく時間が流れた。




