30-6.モンスター
ルテティアは驚きのあまり絶句していた。ブルーは怒りに震えている。
「なんだよ、なんだよこれ……! さっきの二人じゃない……よな? やっぱり……」
「ち、違う。ぼくが、ぼくがそう望んだんだよ……!」
ブルーは今度はレイリールの足を広げさせた。その太ももの内側には異常な数のキスマークがあった。
「これをか!?」
「か、彼は諦めたんだよ。もうこれで……!」
「あんた、本当にそう思ってんの?」
ブルーはレイリールの太もものキスマークを強めに指でなぞる。レイリールは少し痛みを感じて眉を寄せる。
「これの意味が、本当にわからない……?」
「何を言ってるんだ、ブルー。彼は、諦めるって言ったんだ」
レイリールは体を縮こまらせる。
「でなきゃあ、ぼくは一体何のために抱かれたんだ……」
ブルーはふいっと後ろを向く。
「絆創膏と、あたしの大人の時の服持ってくるわ。小さいだろうけど、ないよりマシでしょ」
ルテティアは縮こまったままのレイリールを抱きしめる。
「怖かった……ね」
レイリールはブルーから借りたネックのある服を着て、オラデアの家へ来ていた。レイリールは険しい表情でオラデアを見つめる。
「オラデア、頼みがある」
「なんだ?」
オラデアはレイリールがなぜ夏場にネックのある服を着ているのか少し疑問に思ったが、それを口に出さずにレイリールを見る。レイリールは言葉を続ける。
「彼らを……有尾人の尊厳を取り戻すために、どうすればいいか知りたい」
「なんでおれ」
オラデアはなぜ自分にそんな相談をしてくるのかと頭を捻らせかけたが、すぐ考えを変えた。とにかく思いつく方法を答える。
「いや、やっぱり宣伝するべきじゃないか? 誰かイメージのいい広告塔を立てて、有尾人とやらの認知度を上げる。そうだな……冷やかしや嘲笑の対象とならないようなトップクラスのモデルとして立てる……とか」
「ならばそうしよう」
「おれ達で? 然るべき事務所を通す方が……」
「誰かが必ずそうしてくれるとは限らない。万が一にも彼らの尊厳を損なうような事になってはいけない。彼のプライドに関わる……!」
オラデアはじっとレイリールを見つめた後、ふっと笑った。
「ハハ、そうか。いいなそれ。すげーおもしろそう。色々調べて、準備しねーとな」
「この島での生活が終わった後、すぐに始められるようにしたい」
「ハハ……それがおまえがやりたかった事か」
レイリールは頷く代わりに、強い決意のまなざしをオラデアに向ける。
「イラン……彼なら色々調べるのに向いている。彼にも話をしようと思う」
「それならおれが行ってやるよ。ちょうど暇してた所だ」
オラデアはそう言って立ち上がり、イランの家に向かった。
イランは稀に漫画を借りに来るくらいのオラデアが、相談があると言ってきたのを不思議そうに見る。
「会社を立ち上げる? またなんで」
「この計画が終わった後、ダンが一緒に何かしねえかと言った時から、考えてはいたんだ。おれ達でできる事」
「何の会社?」
「芸能……だな」
「芸能?」
「面のいいのが何人かいんだろ」
イランはますます不思議そうにオラデアの顔を見る。オラデアは普段ぶっきらぼうで、自分から積極的に人に関わろうとしない。そんなオラデアと、芸能というのはすぐには結び付かない。
「なんかおまえがそういう事考えるのって意外なんだけど」
「おれじゃねー……が、これがおれのしたい事にもなった」
イランは「ふーん?」と少し首を傾げてから、「で? おれに何をしろって?」と尋ねる。
「調べてくれ。芸能会社を立ち上げるやり方や、その運営方法。おれも調べるが……国が違えば法律やルールも違うはずだ」
「どこの国だよ」
「ホールランドを拠点にすると言っていた。どうせおれ達はそこの管理下に入るらしいしな」
「……リールが?」
「そうだ」
イランは頭をぽりぽり掻く。
「なら、やるかなあ。うん……てか、いいかも」
「だろ? あいつがバカな事考えなくて済むような事やろうぜ」
レイリールが死にたがっているという言葉は、レイリール自身が否定したものの、まだオラデアやイランの中に残っていた。だがレイリールにやりたい事ができればそんな事考えなくて済むはずだ。
「了解。やばいな、すげー楽しいかも」
イランも思わず笑みを浮かべた。
キットはヤマシタの家に来ていた。ずっとうつむいたまま頭を抱えている。
「おれは何をした。愛した……愛したんじゃないのか」
キットは自分の手の平を見る。
「もうおれには何もない。何もない……何もない……はずなのに」
キットの目から涙が溢れ、手の平に落ちていく。
「消えられない。しなければならない事が、この手から消えない」
ヤマシタがそこでようやく口を出す。
「それはなんだ?」
「……おれ達有尾人を、外の人間と対等にする……」
キットはそう言いながら頭を垂れた。胸を鷲掴みにする。
「心に、穴が空いている。必要じゃなかったか? おれには必要じゃなかったのか」
「おまえは何が必要だったんだ」
「リールだ」
キットは即答する。ヤマシタはそんなキットを不思議な目で見つめた。
「よくわからないな、キット。それを迷わず言えるおまえがなぜわからない? おまえが必要だったのは本当にそれなのか?」
キットは拳を握る。
「おれにはリールが必要だ。何度考えてもそれだけはわかる」
キットは自分の肩を強く掴む。
「もう一度抱きたい。もう一度、笑った顔が見たい」
「……そうか。おまえは本当に気づいていないだけなのかもな」
「帰りたい……」
キットはぼそっと言う。
「帰るか? おまえの生まれた故郷へ」
「違う。あの島へ帰りたい。リールに会いたい」
「おれに権限はない……が、お伺いは立てといてやるよ。見つけられるといいな。おまえが本当に大切な物を」
ヤマシタは携帯電話を取り出し、レイリールにかける。
「許可が下りた。傷が治ったら来てもいいと」
翌日、アクロスとカットがいつものように荷物を運びに大陸の港へ来た。そこにキットは待っていた。
「手伝う」
カットはじろっとキットを見る。
「必要ねーよ」
「手伝わせてくれ」
カットは何も言わず、顔をそらして作業に戻る。荷物を積み終わったボートをキットは見送る。
「戻りたい……な」




