30-5.モンスター
カットはレイリールの肩を抱きながら歩いていく。
「帰ろう、あの島へ。もうおれの兄ちゃんはいない……」
レイリールとカットはボートに乗る。取り残されたキットの横で、アクロスは少し迷っているように立っていた。キットは尋ねる。
「おれは何を間違った……?」
「……おれにはわからねえ。たださ、カットはいい男だよ。自分を抑える事を知ってる。抑えすぎてバカな決断をする事もあるけど、でも、今のおまえよりずっといい」
アクロスはキットに詰め寄る。
「なあ! おまえが何をしたんだよ! おまえ、あんなにも熱い目でリールを追ってきたんじゃないのか!? おまえ、一体リールに何をしたんだ!?」
キットは答えられない。アクロスはキットに背を向けた。
「もうおまえは見てらんないわ」
アクロスもボートに乗り、そしてボートはキットを置いて出発した。キットの側にヤマシタが寄ってきた。キットは呟く。
「みんな同じような事を言う。わからない事を。アラドもオラデアも、カットも、アクロスまで……はっきり教えてくれよ! おれは何を間違ってるんだ!?」
ヤマシタはじっとキットを見つめる。
「言ってわかる事じゃないからじゃないか……?」
キットはただ歯ぎしりして地面に座り込んでいる。そしてしばらくするとヤマシタの携帯電話が鳴る。
「……はい……はい、わかりました」
電話を切ったヤマシタはキットにまた目を向けた。
「キット、おれは一つだけはっきり言っておきたい。おれはあの人の犬だ。だから正直おまえにはこのままどこへなりと消えてもらいたい。だがな、あの人はそうは望んでいない」
キットはうつむいている。
「一つだけ……一つだけだ。おまえ、本当に愛したのか……? あんなにぼろぼろになるまで、あの人を愛したのか!?」
ボートの中では、カットとレイリールが椅子に座っていた。カットはレイリールの前でうなだれ、涙を浮かべている。
「すまない……すまない……本当にごめんな」
「カット、ぼくは……」
「リール! もうあいつの事は気にするな! あいつはもうダメだ! もう何も成せない!」
レイリールは驚いた後、強く顔をしかめた。
「それはダメだ。彼には夢がある。叶えなければならない願いがある。ぼくなど必要ない。彼をこのまま行かせなどしないぞ……!」
レイリールはヤマシタへ電話をかける。それはキットを保護し、キットを可能な限りサポートしろという電話だった。カットはそれを聞いて呟く。
「おまえはバカだ……」
「ぼくは全てを手に入れる。彼に夢を叶えさせる事がその一つ。ぼくはぼくに関わってしまった君達の幸福のために、全てを捨てる!」
レイリールの言葉を聞いて、カットは視線を落とした。
「やっぱりおまえはバカだ。おまえが、一番のバカだ」
アクロスはボートを運転しながら、レイリールとカットの会話を聞いていた。アクロスは振り返り、見えないキットを見た。
(わかんねえのか、キット。おまえが何を愛して、そして何に愛されているのか。全てをかけて、おまえを守ろうとしている人間がいる事に気づけねえのか。おまえが全てをかけて得ようとしているものがわからねえのか)
それはレイリールにも向けて言える言葉だと、その時のアクロスは気づかなかった。
島の港ではアラドが木にもたれ、眠るようにしながらレイリール達を待っていた。ボートの到着した音を聞いたアラドは目を開く。
「リール……?」
ボートから出てきたレイリールは、アラドを見て少し表情を強張らせた。アラドはレイリールに近づいて、途中でレイリールの首にキスマークがあるのに気づく。アラドは走り寄り、泣きそうに顔を歪ませた。
「わ、悪い……おれが挑発したから……」
「おまえ、なんでキットにあんな事言いに来たんだ?」
カットがレイリールの後ろから尋ねる。アラドはレイリールを見つめたまま答える。
「諦めると思った……こいつがあいつを諦めさせたいんだと思った……あいつは何かしたかったんじゃないのか? 何かをさせたかったからこいつは……」
レイリールはアラドの手を取って、笑顔を浮かべた。
「問題ない、問題ないよ、兄ちゃん。むしろ感謝してる。おかげで彼はぼくを諦めた!」
レイリールはククっと笑う。
「これでやっと全てが始められる」
アラドはレイリールの言う事が理解できない表情をしている。レイリールはアラドを抱きしめた。
「ダメじゃないか、兄ちゃん。こんなに体が冷えてる。あまり心配させないで」
「わ、わかった」
アラドはカットを子供の姿に戻し終えると、レイリールと島の中へ歩き出す。アクロスはまだ大陸の港がある方向を見つめていた。
「カット、先行ってていいぞ。おれはもう少し待ってみたい」
「……そうか」
カットは海の向こうは見ずに、黙ってレイリールとアラドの後ろを歩いていった。
レイリールとアラド、カットは島の中へ入っていく。今日は雲が空を覆い、薄暗い天気になっている。歩いていく途中で青い目の女の子、ブルーと鉢合わせた。ブルーはレイリールの首にキスマークがあるのに気づく。
「ちょ、ちょっと来い、あんた」
ブルーに引かれていくレイリールの姿を追いかけず、アラドとカットはそのまま見送った。
「ま、待って。ローリーには見せないで」
ブルーはローリーと一緒に住んでいる自分の家に行こうとしていたが、方向を変えてルテティアやヴィルマの住む家の方へ向かう。
「ヴィ、ヴィルマにも見られたくない」
「ヴィルマは今日はキッチンの手伝い。確かルテティアが休みのはず……」
ブルーはルテティアの家に駆けこんでいく。そしてルテティアと一緒にレイリールの服を脱がせ始めた。
「脱げ、脱げ、全部脱げ!」
レイリールは床に転がされるようにショーツ一枚にされる。レイリールは腕で胸元を隠し、足を閉じて縮こまったが、ブルーとルテティアはその体におびただしい数のキスマークがつけられているのを見た。
「ひ、ひどい……」
ルテティアは思わず口を覆う。
「けだものめ……!」
ブルーはキスマークを睨みつけて吠える。
「ち、ちが……」
「何が違うんだよ!」
ブルーは胸元を隠しているレイリールの手を掴んで広げさせる。胸には噛み痕まであった。




