表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
子供の島の物語  作者: 真喜兎
第三十話 モンスター
171/209

30-3.モンスター

 キットの握っていたコップが、バリンと音を立てて割れた。


「怖いな、おまえ。大丈夫か」


 手から血が流れてもキットは微動だにせず、アラドを見ている。アラドはにやっと笑った。


「ククッ、三回もした。めちゃくちゃ気持ちよかった」


 その瞬間、キットの拳が飛んだ。アラドは勢い余って後ろの床に落ちる。一瞬の異変にオラデアが立ち上がり、アラドの腕を支えた。キットは怒りが治まらないと言うように、ぜえぜえと息をしている。


「いってえ……意識飛んだぞ、今」


 アラドは殴られた頬をさする。倉庫の方にいたレイリールが、食堂の騒ぎに気付いて出てくる。そしてアラドが座り込んで口から血を流しているのに気づいた。


「に、兄ちゃん……!」

「ん、大丈夫。ごめん、怖がらせたな」


 アラドは近寄ってきたレイリールの頬を撫ぜる。


「触るな……! おれの女に触るな……!」


 キットはテーブルを超えて、レイリールの元へ行こうとするが、その前にオラデアが立ちはだかる。


「やめとけ。これ以上するならおれが相手になるぞ」

「邪魔だ……!」

「やっぱりおまえはわかんねーんだな。おまえは何を求めてんだよ、キット。おまえには失望したくなかったわ」


 カットやアクロスも興奮しているキットを抑える。


「離せ! おまえらまでなんだ!? リール! やめろ! そいつから離れろ!」


 レイリールは涙に濡れた目で震えながらも、ゆっくり立ち上がる。


「キット……ぼくの愛する男に触るな。ぼくが愛した男だ」


 その言葉にキットの時が数秒止まる。そして困惑した表情を浮かべ、泣きそうな顔でアクロスとカットに外に連れていかれた。






 レイリールは震えながら、アラドの殴られた頬に指先をそっと当てる。


「兄ちゃん、病院に……」

「ん、いいよ。大丈夫」

「でも……」

「大丈夫。あいつ無意識に加減してるみたいだ。あいつは連れてった方がいいかもな。左手でコップ握りつぶした。破片とか入ってたら危ない」


 レイリールは心配そうにアラドを見ていたが、ドルが「おれが見ておくよ」と言ってくれたので、頷いてキットを追いかける。


「おれ、救急箱取ってくるよ」


 ドルがそう言って倉庫に行っている間に、アラドは呟く。


「あいつ、バカだよなあ。それに気づいていれば、また結果は違っていたかもしれないのに」


 オラデアはアラドの言葉が理解できたのか、横で頷いた。






 アクロスとカットは、応急処置しただけのキットと、それに付き添うレイリールを船に乗せて大陸に向かう。港に着いた後、ぼーっとしているキットをコンテナの陰に連れていき、レイリールはキットの後ろに立つ。


「大人に戻すよ」


 キットは返事しない。動こうともしない。レイリールはちょっといらっとしたように顔をしかめ、キットの服を無理やり脱がせる。


「変な事させるなよ、もう! ほら、脱げ!」


 キットの服を脱がせ終わると、レイリールはキットを大人に戻す。百四十五センチメートルの子供の姿から、百九十二センチメートルの大人に戻ったキットは自分の手を見つめた。


「痛みがない……?」


 振り向くと、レイリールが膝をついて痛みに顔を歪ませていた。レイリールが大人に戻る時の痛みを肩代わりしたのだとすぐ気づいた。


「なぜ……」

「やっぱり君、こんな痛みに耐えてたの……君らはちょっと変わりすぎだからな……」

「なぜ……」

「君をこれ以上苦しめる気はないよ、キット。君は苦しみすぎだ……いい加減それに気づけよ」

「なぜ……」


 キットは言葉が出てこなかった。






 それから病院に行き、治療を終えたキットとレイリールは船に戻るため、街中を歩いていく。キットはレイリールの後ろを歩き、その後姿をぼーっと見ていた。そして自分でもほとんど意識しないままに、レイリールを後ろから抱きしめた。


 レイリールは驚いて振り返りかける。キットはレイリールを離さない。


「……行こう」


 レイリールは身をよじってキットの腕から抜け出す。しかしキットは傷ついた方の左手をレイリールに差し出した。レイリールはそれを見て何も言えなくなり、恐る恐るその手に自分の手を重ねていた。キットはその手でレイリールを引いていく。


 キットは街中のホテルに入っていく。レイリールの手を握ったままフロントに声をかける。


「二名。一番いい部屋を頼む」

「キット……!」


 レイリールは逃げようとしたが、キットの手は傷ついていても力が強く、振りほどけない。カギを受け取ったキットはエレベーターに乗り、レイリールを後ろから抱きしめた。


「諦める……おまえを諦める……だから、一度抱かせてくれ……」


 キットはそっとレイリールの目の横にキスした。レイリールは返事しなかったが、逆らう事もできない。部屋に入ると、そのまま入り口でキットはレイリールに触れるようなキスをした。


「嫌がらない。おまえは一度だって、おれのキスを嫌がった事はない」


 レイリールはぼっと顔を赤く染める。


「いつだっておれを意識しているのがわかった。それがかわいくてたまらなくて……なのになぜだ。なぜ他の男に抱かれる? なぜいつもおれじゃない他の男なんだ……!」


 キットはレイリールの腕を握りつぶしそうなほど強く掴んだ。


「痛いよ、キット……!」


 キットは少し手を緩めながらも歯ぎしりした。


「それにおまえのウソもわかった。やはりおまえと子供を作った男が消えるというのはウソだ。本当にそうなら今おれの誘いに乗るものか……!」

「ち、違う、ぼくは……!」


 レイリールは確かに以前レイリールと子供を作った男はもう二度と会う事がない、消えてしまうから、と答えた。だがそのウソは半分だった。会う事ができなくなると答えたのは、レイリール自身が消えてしまうつもりだったからだ。男の方が消えてしまうとキットに思わせたのは、キットのレイリールへの気持ちを諦めさせようとしたからだった。


 キットは狼狽しているレイリールを抱え上げた。そしてベッドの所まで運んだ。


「ま、待って! ぼく、シャワーも浴びてない!」

「必要ない」


 レイリールに逃げる隙など与えずに、キットは早々にレイリールの服を脱がし、自分も裸になった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ