4-8.エドアルド・カフカス
エドアルドがカール達の席に行ったのを見て、ドルも立ち上がった。
「おれも、おれも! おれも一緒に食べたい!」
同じ席に着こうとするドルを、ポテトはやっぱり不愉快そうに見ていたが、カールはまた「おう、いいぞ」とすんなり受け入れる。それを見ていた隣のテーブルのカットも食器を持った。
「おれもいいか」
「おう、いいぞ」
カールは三回目の同じ台詞を言った。ポテトは同じ有尾人のカットが入ってくるのも不満そうだ。
「せまっ、もっと向こう寄って!」
ドルが騒いでいる間にグルジアが端の席に移動し、カットの入れる場所を作る。キットの隣に座っているアクロスは、隣に行ったカットを驚いたように見ていた。
「珍しいな、カットが他の人間に懐くなんて」
普段から仏頂面でけんか腰になりやすいカットが、他の人間と馴れ合うなんて今までなかった。それを見ていたキットは低い声でアクロスに声をかける。
「おい、アクロス」
「おお、OK」
僅かな仕草でキットの言いたい事を理解したアクロスは立ち上がり、テーブルの反対側に行く。キットも立ち上がり、一緒にテーブルを持ち上げた。
「おい、おまえら、ちょっとどけ」
アクロスはドルやカットを押しのけるように声をかける。
「狭いだろ。くっつけよーぜ」
アクロスはキットの代わりにそう言って、テーブルをカール達の席とくっつけた。
キット達とカール達の席が普段離れているのは、両者にはあまり交流がないからだ。同じ有尾人とはいえ、毛色を見ると違う種族だというのはすぐ分かる。それゆえに今まで肩を並べて食事を取る事はなかった。
「あらら、楽しそうね」
普段は料理係をしているクレイラが、キッチンの仕事を終えて座敷に声をかける。
「お、クレイラ」
クレイラは有尾人ではない普通の女の子だが、カールは気があるように、にこにこと笑顔を作っている。エドアルドはそんなカールに持っていた疑問をぶつけた。
「気になってたんだけどさ、カールって歳いくつなの?」
「おれ? おれ四十九」
「え、ええええ!?」
叫んだのはエドアルドではなくクレイラだ。クレイラは信じられないという顔をして身を乗り出してくる。
「だ、だってポテトはいくつなの!?」
「おれ十五」
ポテトが答えると、エドアルドは思わず「ちょー若い」と呟く。それを聞いてドルも「おれらも十代だけどね」と応える。その間にクレイラは計算していた。
「三十四で孫……!?」
「おう、おれ子供作ったの十六の時だったし。そんな驚く事か?」
その台詞にはエドアルドも驚く。「十六!」と小さく叫ぶと、ドルも「おれらくらいの時にはもう子供いたんだ……」と呟く。
「うっそお……」
クレイラはまだ信じられないというようにしながら席に向かう。カールは思い出したように「息子も生きていればなあ」と涙を拭い、ポテトが「泣くなよ、じいちゃん」と慰めた。
座敷の席は今までになかった和気あいあいとした雰囲気が漂っていた。そこへリールが遅れて食堂に姿を見せた。座敷の様子に驚いたようにしながらも、にっこりと笑う。
「フフ、何か楽しそうだね。ぼくもいい?」
リールが言うと、エドアルドとカットは間に席を空ける。その間にキッチンから有尾人の女の子、リントウが出てくる。リントウも食事係で、今から席に着くところだ。
「リンちゃん、こっちこっち」
リントウはキット達やカール達とも毛色の違う有尾人だ。赤毛で八十センチメートルくらいの長い尻尾を持っている。性格は少々きつめのようで、リンちゃんと声をかけたカールに対し、「誰が貴様の隣なんぞ座るか!」と怒鳴り返している。
何はともあれにぎやかな座敷の席を、楽しそうにリールは眺めていた。そして食事を取る手を休め、エドアルドの隣で独り言のように呟く。
「正直なところ、もう島に人を増やす気はなかった」
「え?」
エドアルドは思わずリールを見つめる。
「でも君が来てくれて本当によかった。君のおかげでこの島は本当に楽しくなりそうだ」
「ぼく、何かした?」
リールはフフと笑い、エドアルドの肩に手を乗せる。
「君のおかげだよ」
何気ないリールの動作に、遠くに座っていたアラドが癇に障ったように立ち上がり、またタルタオも立ち上がる。「リール!」と二人同時に叫ぶ。
「おれ以外の男を抱きしめるんじゃねえ!」
「わたし以外の人を、お気に入りにするなんて許しませんよ!」
叫んでから二人は睨み合う。
「誰がお気に入りだ、こら」
「チンピラが話しかけないでください」
二人は火花を散らしあう。キットは嫉妬を隠せないというようにコップを握りしめてヒビが入る。アクロスは「キット、落ち着けー」と呼びかけている。
「リールってもてるんだね」
「いや、うーん、参ったな」
リールは困ったように頬を掻く。みんな自分の気持ちを隠していない。エドアルドは素直にそれはすごいと思った。自分はどうなんだろう。素直な気持ちでここにいられるんだろうか。
ここに来てから何度も思い出しながらも、忘れようとしてきた姉の事を思う。そして元々の自分の家で、一人ダイニングテーブルに座っていたのを思い出す。
「ぼく、ここにいていいの」
「もちろん。だって君が来てくれて、ぼくはとっても嬉しいもの」
リールはにこっと笑う。ドルがカットの隣から顔を出す。
「おれも、おれも!」
「……まあおれも」
カットも少し照れ気味にぼそっと言う。エドアルドは表情が見えないように下を向いた。
姉さん、ごめん。何もしてあげられなくてごめん。守ってあげられなくてごめん。本当に許して。こんなぼくが生きたいと願うのを。
エドアルドは目頭が熱くなってくるのを感じた。
「姉さん、ごめん」
ほとんど聞こえない声で、今はいない姉に謝る。リールがエドアルドの背中をさする。ドルも近くに寄ってきて、必死に心配する言葉をかける。エドアルドはそんな様子のドルを見て思わず笑った。誰かに心配してもらえるのがこんなにも嬉しいものだと知らなかった。
ドルは今だけじゃなく、ずっと心配していた。エドアルドにはずっと笑顔がなかったから。そのエドアルドが今は自分を見て笑ってくれている。ドルも安心して笑った。笑顔で「大丈夫だよ」と言うエドアルドを見て、カットも口角を上げた。
次回 第五話 学校




