29-4.キット
イランはラウスから酒をもらってくる。ラウスは「飲むなら付き合うよ」と、ついてきた。イランの家に入ってきて、ラウスはキットがいるのに気づいた。
「あれ? 珍しいね」
ラウスはキットを避けるようにしながらソファに座る。キットはそんなラウスを横目で見る。
「おまえ、まだおれ達が苦手なのか」
「君達が、というか、君が? カットとは飲んだからね。割と好きな子かも」
「あいつは酒癖悪いぞ。泣き上戸に怒り上戸……」
「ああうん」
ラウスは以前カットが泣きじゃくっていたのを思い出す。キットはイランから注いでもらった酒を一気に空けた。そしておかわりをもらう。
「あいつらがいると、うるさくて酔えん」
キットはカット達と離れて飲みたくて、イランの家に来たようだ。ぼーっとしたまま酒を空けていく。そんなキットを見ながらラウスは尋ねる。
「何かあったの?」
「わからん……何もわからん……頭が回らないんだ」
キットはほろっと涙を零す。表情を変えず、飲みながらほろほろと涙を零している。
「さては君も酒癖悪いね?」
キットは答えずにただ泣いている。ラウスはキットから話を聞くのを諦めて、イランと雑談しだす。
「君は飲まないの?」
「おれ、チューハイくらいしか飲めない」
そうしてイランとラウスが他愛ない会話をしていると、キットは膝を抱えて泣きだした。顔を埋め、ぎゅっと自分を抱きしめるようにしながらしゃくりあげる。
「抱きたい……! 抱きたい……! 抱きたい……!」
ラウスとイランは何も言えずに驚いてキットを見ている。そしてその内にキットから声が聞こえなくなった。
「寝た……?」
「みたいだな」
イランは肩を竦める。ラウスはキットに近づき、そっと背中に手をかけた。
ラウスはキットの腕を自分の肩に回す。
「何があった……のかなあ」
「あ、寝かせるなら二階の部屋に。今こいつの部屋になってるから」
「そーなの?」
イランはコップを片付ける。多少動かしても起きないキットを、ラウスはなんとか立たせようとする。
「君も手伝ってよ」
「背負うわけじゃねーの?」
「ぼくにそんな体力あると思う? 学生の頃は遊びでラグビーやってはいたけど」
「へー、おれまともにスポーツした事ないわ」
「つまんない人生送ってるね」
「余計なお世話」
ラウスとイランはキットを両脇から抱えて階段を上り、二階の部屋のベッドに寝かせる。イランはキットの涙に濡れた顔を見つめた。
「ホント、子供みたいだよな」
「今は子供じゃない」
「じゃなくて、なんていうか……がむしゃらに生きてて、泣く時も一生懸命だなって。なんか、幸せになってほしーと思う」
「君、恋敵なのにだいぶ甘いよね」
「おまえもな。こいつの事、苦手とか言ってたくせに」
ラウスとイランはそのまま話しながら階段を下りていった。
後日、ポテトはイランから話を聞き、ラウスがこの島の計画を調べているのを知った。
「家族のように過ごしたい、誰かを助けたい、ね。あんたら回りくどい調べ方してるんだな」
「リールから話を聞けない以上、周りの子達から聞いていくしかないだろう? それからポテト、子供の姿になった理由は、リントウの体力を回復させるためと君が言っていたと聞いたが」
ラウスの質問に、ポテトは「そうだよ」と答える。しかしラウスは少し納得がいっていなさそうな顔をしている。
「本当にそうなのか? もしかしてリールはみんなを……ようとしているんじゃないのか?」
「何それ?」
今度はポテトが首を傾げる。
「つまりだ。リールは完全なレイリールになるためにしているんじゃないかと、ぼくは思ったんだけど」
「あんた知ってんだ……? そうだよ、あいつを治すためにみんなの心を繋ぐんだって」
「やはりそうだったのか」
ラウスは顎に手を当てながら何かを考えているが、ポテトは話を続ける。
「ただおれが知りたい事はそういう事じゃない。リールはメサィアの力から解放されたがってる。その方法を知りたい」
「それは完全なレイリールになれば解決されると思う。ただそれは危険なんだ。ぼくが……るのを手伝ってあげないと……」
ポテトは変な顔をする。
「さっきから言ってる『混ぜる』ってなんだ?」
「みんなの心を混ぜるのさ」
「意味わかんないんだけど?」
「まあそれはおいおいわかるよ。それよりもポテト、この子供の島の生活が終わった後だが、君、ぼくと一緒に来ないか? 君は学習能力が高い。ぼくは君に然るべき教育を受けさせたいんだ」
「それはありがたい……けど」
「この島の計画の事なら心配ない。この島の生活が終わるまでに終わる事はない。むしろそこからが始まりだ」
ポテトはラウスがどうにかできそうだという言葉と、詳細はその内話してくれるという言葉をとりあえず信じる事にして、残りの島の生活を過ごした。
キットはいつかの散歩のようにリールと二人歩いていた。キットはリールの方を見ず、ぼそっと呟くように言う。
「もう少し、ここにいてもいいか。今はまだ先が見えない」
リールは穏やかな表情でキットを見る。
「キット、忘れないで。ぼくは君の事が大好きだ。でも、だから君の夢を叶えてほしい」
キットは嬉しいのか悲しいのか分からず、表情を隠すようにそっぽを向く。リールは天を仰いだ。
「あともう少しでこの島の生活は終わる。その間くらい君と一緒にいたいな」
「…………?」
キットは少し間をあけて疑問を頭に浮かべた。
「なぜそんな事を言う?」
「ぼく、なんか変な事言った?」
「おまえがおれを選ばなければおれは消えない。この島の生活が終わったっていつでも会える」
「……ぼくは監視されると言ったろ」
キットはじっとリールを見つめる。
「なぜそれが会えないかのような事に繋がる? 監禁されるという事か?」
「まあ……そう思ってもらえれば……」
それを聞いたキットは自分の頭をごんごんと殴った。
「おれはバカだな。いつも余計な事を考えすぎる。ぶっ壊せばいいだけだ。おまえを縛る物全て」
「え?」
「おまえがブラックを選ばなくても済む道を見つければいいだけだ。そしておまえを手に入れる」
キットの顔には覇気が戻っていた。キットはすたすたと歩きだす。
「戻るぞ。飯の時間だ」
リールはキットの後ろで顔をしかめた。
「まずった……な」
次回 第三十話 モンスター




