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子供の島の物語  作者: 真喜兎
第二十九話 キット
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29-1.キット

 リールを追い求めているキットが、リールを選ばない。キットはその言葉に混乱していた。


 ヤマシタはキットを車に乗せて運転していく。助手席に座っているキットは肩を落とし、下を向いている。


「キット、おまえの本当の歳っていくつだったかな」


 大人の姿のまま島外から島を管理しているヤマシタは、資料でそれを知っているが、あえて話のとっかかりに尋ねる。


「二十三だ……」


 キットは顔を上げずに呟くように答える。キットの歳はヤマシタの約半分だ。ヤマシタは「まだまだ若いな」と口にする。そしてから諭すように話し始める。


「おれはおまえの事について、それなりには聞いている。だからおまえが色々と背負っているのはわかる。リール様はリール様なりにおまえの事を考えて言ってくれてるんだ。だからもうリール様の事は諦め……」


 キットはヤマシタのその言葉を遮った。


「おれには! おれには必要なんだよ! おれにはリールが……!」

「本当に? ブラックに抱かれていてもか」


 前を見て運転しているヤマシタにも、キットが体をびくつかせたのが分かった。キットにとってそれは一番考えたくない事なのだろう。うつむいて何も言えなくなっている。


 ヤマシタはもう一度諭す気持ちで言った。


「キット、おまえはおまえの幸せを探せ。リール様もそうお望みだ」


 キットは沈黙したままだ。ヤマシタもそれ以上は言わず、別の事に思考を巡らせ、ハンドルを握りしめた。


(それにしても、子供を作る……なんて)


 ヤマシタは実はこの計画の目的――リールとメサィアが消滅を願っている――を唯一知っていた男だ。だがその方法についてまで詳しく知っていた訳ではない。リールが子供の島を作り、そこでみんなと家族のように過ごすと言った時、それは逆にリールとメサィアが生きようと思う希望となってくれるかもしれないと考え、協力を決めた。


 不死の生物の生死に対する倫理観など、ヤマシタにも分かりはしない。だがそれでも消えてほしくないと願っている。


 だがリールはあらゆる可能性を探って、消滅への道を歩もうとしている。


(リール様……あなたは)


 ヤマシタはその言葉の先を考えるのをやめた。リールの真の目的を知りながら協力してきた自分が言える言葉じゃない。自分はリールに関わる全てがリールにとっての生きる理由になるよう陰で祈るしかできない男なのだと、自分の立場を改めて再確認した。






 空が暗くなり始めた頃、ヤマシタとキットは港に着いた。待っていたアクロスとカットは、車から降りてきたキットの顔に覇気がないのを不審に思う。ヤマシタはキットの肩に手を置いて言った。


「アクロス、帰ったら島を出る準備をしろ」

「え? なんで?」

「おまえ達の、いや、キットの目的はもうあの島にはない。島を出た後のサポートは、おれ達MAが全力を持ってあたる。だからもう島を出ろ」


 カットは顔をしかめる。


「意味がわからない」

「キットの目的はリール様を手に入れる事だったんだろう? もう無理だと知った」


 アクロスとカットは当然のように「どういう事だ?」という顔をする。ヤマシタは淡々と言う。


「リール様はブラックに抱かれた。そういう事だ」

「やっぱりリールはブラックに無理やり……!?」


 二人は驚くが、ヤマシタは首を振る。


「そうじゃない。ケガとは別の事だ。リール様はブラックを選んだんだよ」


 アクロスとカットは再び驚いて、キットを見る。キットの沈んだ表情はそれを肯定しているように見えた。


「そんな……バカな……!」


 カットは信じられないというように頭を振った。キットは自分がリールを手に入れられる事を疑っていなかった。だからカットも無意識の内にいずれそうなるものだと思い込んでいた。だが帰りの船の中でも、キットはどこにも焦点を合わせず覇気を失っていた。


「酒が欲しい……」


 キットの声は消え入りそうだった。カットと共にキットを強く応援していたアクロスは、泣きそうになりながら答える。


「わかった! わかった! カールがためこんでるのがあるはずだ! おれが持ってきてやる!」


 カットは鼻にしわを寄せてキットを睨んでいた。島に着き、先を歩いていくキットの背を睨みながら呟く。


「絶対におかしい……!」






 少し遅くなった夕食が終わった後、カール、ポテト、グルジアがアクロスを手伝って、つまみや酒をキットの家に持ってくる。カール、ポテトは銀色の髪の有尾人で、グルジアは実年齢が六十を超える少年だ。


「おーい、飲むんだろ? おれ達も混ぜろ」

「今日はそういうのじゃねえんだよ!」


 アクロスはカールに怒鳴っているが、キットは沈んだ表情のままカール達を招き入れた。


「いいぞ。最後になるかもしれないんだ。みんなで飲もう」


 小さなちゃぶ台は端に寄せ、畳の上に食事を置いて、みんな輪になり食べながら飲みだす。


「おまえも酒?」


 アクロスがポテトに聞くと、ポテトはジンジャエールのペットボトルを指差す。


「ジュースの方がうまい」


 そうして銘々に雑談していたが、カットは我慢できなくなったように立ち上がってキットの胸倉を掴む。


「なんなんだ!? なんなんだよ、おまえ! ブラックに、他の男に一度抱かれたくらいで女を諦めるのか!?」

「ブラック?」

「女ってリールの事か?」


 グルジアとカールが聞く。アクロスは事情を知らない三人に、ヤマシタから聞いた話をする。ポテトは首を振った。


「ブラックがリールを抱いたあ? ないないない」

「そーか? ブラックってリールの事、好きだったろ?」


 カールが酒を飲みながら口を出す。


「好きだからだよ。あいつ、リールの事が好きすぎて、今までずっと手を出さなかったの」

「なんでだ? 好きなら手出すだろ」

「みんなじいちゃんみたいなのばかりじゃないの。好きだから触らないってのがあいつなの」


 カールは「意味わからん」と肩を竦める。


 ブラックは無口だが、いつも「おれはリールの言う通りにする」と言っていたので、リールの事を好きなのはみんななんとなく分かっていた。


 だがブラックは決してリールの手にすら触れようとはしなかった。いつも少しだけ距離を置いて、リールと話す事が幸せそうに笑みを浮かべているのを、気づいている子は気づいていた。


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