28-8.ブラック
リールとキットはブラックに付き添い、ヤマシタの車に乗る。残ったカットはアクロスに聞いた。
「男にレイプってどういう事だ?」
「いや、おまえ。男だって襲われる事はあるだろうよ」
アクロスの説明に、カットは驚愕の表情をする。
「マ、マジか……?」
「おまえらのとこってそういう概念ねーの?」
「いや、わかんねえ。おれが知らなかっただけかも……」
カットは頭を抱える。
「うわ、マジかよ。おれ、もうあいつ殴れねえ」
「殴る予定があったのか?」
「いや、もしかしてあいつが無理やりリールに何かしようとして、リールが抵抗したのかなとか思ったから……」
「そういう事する奴じゃねーと思うけど」
「ああ、今の話聞いたら絶対ない……よな」
アクロスはもう見えなくなった車の行った先を見た。
「何があった……んかな」
病院の待合室で、リールはうなだれるように座っていた。頭にヘアバンドをつけたキットも横に座っている。外来の患者の診療時間は終わったようで、待合室に他に人はいない。
「叩いて悪かった」
「ぼくのせいだろ……」
リールはうなだれたまま答える。
「おまえはあいつを守ろうとしてたんだろう? 判断は間違っていたかもしれないが、おまえが悪かった訳じゃない」
「ぼくのせいなんだよ!」
リールは声を荒げる。口を覆い、ぽろぽろと涙を零した。
「もう無理だ……こんな計画……!」
キットはリールをじっと見つめる。
「何があった?」
リールは顔を背ける。
「言え」
リールは震える。
「リール」
リールは僅かに口を開いた。
「……レイプした」
「あいつが?」
「ぼくがだよ! ぼくがブラックをレイプしたんだ!」
さすがのキットも驚いた表情を浮かべ、絶句した。
ヤマシタが歩いてくる。
「ブラックの命に別状はないそうです」
「そう……よかった」
キットはヤマシタに聞く。
「ヤマシタ、この計画は何だ。なぜリールがブラックを犯さなきゃならない」
「え?」
「教えろ。この計画のために、こいつが何をさせられようとしているのか」
「ちょ、ちょっと待て。リール様がブラックを犯すだと……?」
ヤマシタも驚いた表情でリールを見る。
「リール様、この計画の目的に、そんな事は必要ないはず……では?」
リールは背中を曲げたまま、顔をヤマシタに向ける。
「ヤマシタ、おまえがぼくの望みを止めたがっているのは知っている。でもその前に遂げなきゃいけない目的がある」
「おまえの望みとは、あの男から解放される事だろう?」
キットが言うあの男とは、リールにそっくりな少年の事だ。リールはその問いには答えない。キットはそのまま言葉を続ける。
「そのためにもう一つの目的とやらを遂げなければならないんだな?」
リールはまた顔をうつむかせる。
「ヤマシタ、おまえがこいつの解放を止めたがるのはなぜだ」
「それは……」
ヤマシタが答える前に、リールが口を出す。
「ぼくがメサィアの力から解放されるからだ」
「メサィアとはあの男の事だろう?」
「そう。ぼくはその分身。ぼくに不思議な力があるのはそのためだ。だがぼくの力を知る人間達は、ぼくがメサィアの力を失う事を望んでいない。ぼくはメサィアの力から解放されたい。そのために考えた方法」
「それは何だ?」
リールは少し言い淀む。
「言え」
キットの強い言葉にリールはゆっくりと口を開く。
「赤ちゃんを作るんだよ」
キットとヤマシタは驚きの表情を浮かべる。
「ぼくの……メサィアの力を継ぐ子供。それでぼくはメサィアの力から解放される」
キットは思わずリールを掴んだ。
「なぜだ!? それでなぜブラック!? おれでは……なぜおれじゃない!?」
「おまえ、自分の子供を不幸にできるのか? この計画でぼくに選ばれる男は生贄だ。メサィアという不幸な力を宿した子供を作る。そして……」
「そして?」
「……その男はもう二度とぼくと会う事はない。消えてしまう……から。それがメサィアという力の代償」
「消える? ブラックがか?」
リールは返事しない。
「なんなのだ、メサィアの力とは」
「……たいと願う力。ぼくと切り離せない力。それを消すのにはそれなりの代償が、生贄が必要なんだ」
「愛されたいと願う力だと? ブラックは消えてないぞ」
「すぐ消えてしまう訳じゃない。赤ん坊が生まれてからだ」
キットは感情を見せないようにしているリールの顔に自分の顔を近づけ、不信そうに睨む。
「おまえの言葉は信用ならない……!」
「……どっちでもいいよ。ただこの力は君達普通の人間の考えの外にある。不思議な力なんだ」
リールが普通では考えられない力を持っているのは確かだ。キットもそれはよく分かっている。リールの言葉の真偽を考えている間に、リールは口を開く。
「君は、ぼくのために死ねるか? できないだろう? 君にはやらなければならない事がある。やりたい事がある。やると決めた事がある」
キットは顔を歪ませる。
「断言してやるよ。ぼくが君を選ばないんじゃない。君がぼくを選ばないんだよ」
キットはリールを掴んでいる手を震わせた。
「出ていけよ、キット。君の目的はあの島にはない」
リールはヤマシタに向かって言った。
「ヤマシタ、キットを連れていってくれ。出るのにも準備が必要だろう。ぼくはブラックについておく」
「了解……しました」
リールとキットのやり取りに口を出さないようにしていたヤマシタは、キットの肩を押す。
「行こう、キット」
キットは混乱し、泣きそうな顔でリールを振り返る。リールはキットの方を見ていなかった。
リールはブラックの病室に行く。そして少し寂しそうな表情でブラックに微笑みかける。
「ちょっと縫ったみたいだね。少し入院させてもらえるみたいだ。しばらく養生してて」
「こんな傷、平気だ。おれはおまえの側にいたい……!」
リールは肩を震わす。自分を傷つけるのも厭わないほどのブラックの気持ちに、リールは心を絞めつけられた。
「ブラック、君、どんな秘密でも守れるか……!?」
「もちろんだ……!」
「どんな命令でも聞けるか……!?」
「おまえが望む事なら、おれはなんでもやる……!」
「それならぼくの命令を聞いてくれ。君はしっかり傷を治すんだ。その後……子供の島が終わった後でも、ぼくは君の側にいると誓おう」
次回 第二十九話 キット




