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子供の島の物語  作者: 真喜兎
第二十八話 ブラック
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28-7.ブラック

 アラドはリールとブラックを交互に見ながら、必死に状況を把握しようとする。


「リール、おまえが……!?」

「違う……おれの不注意だ。リールは悪くない」


 ブラックは辛そうに息を吐いている。アラドは手を震わせながら、ブラックに刺さっている工具に手を伸ばす。


「と、とにかく、抜いてやるから」


 工具に触れると、ブラックは「ぐっ」と唸る。アラドは一気に引き抜いた。すると血しぶきが飛び散る。それはリールを混乱させた。


「うわあああああ! ブラック、ブラック! 嫌だ、死なないで!」

「大丈夫……死なない……」


 ブラックはできるだけ平気そうな顔を取り繕って言う。アラドは自分のシャツを脱いでブラックの傷に当てた。リールは錯乱しながらも、震えた手で携帯電話を取り出した。


「ヤマシタ……じゃ遅い……!」






 キット達の家に来て話していたアクロスの携帯電話が鳴った。アクロスは電話を取る。その瞬間、電話口からリールの怒声が聞こえた。


「アクロス、命令だ! 今すぐ出港準備をしろ! 今すぐだ!!」


 アクロスはMAというリールの部下だ。アクロスは跳ねるように立ち上がる。


「了解! 直ちに!」


 アクロスは尋常ではないリールの声に、嫌な予感を覚えながら靴を履く。


「今の声、リールだな? 何があった?」


 パーカーを羽織り、走り出そうとしているアクロスにキットが聞く。


「わかんねえ! 出港準備をする!」


 キットとカットは、アクロスについて走っていった。






 電話を聞いていたアラドは、ブラックの腕を取る。


「船に乗せるんだな? おれが運んでやるから……」


 リールはそんなアラドの手を振り払う。


「彼に触るな! ぼくが!」

「落ち着け、リール!」


 錯乱しているリールを、アラドは思わず引っぱたく。手加減したつもりだったが、アラド自身混乱しているのもあって、その勢いは強かった。リールの頬にアラドの手についていた血がつく。


「わ、悪い。頼むから、落ち着け。おれが運んでやるから」


 リールはようやく気持ちを落ち着かせ、表情を落としたまま、小さく「うん」と頷く。アラドはブラックの腕を自分の肩に回し、ブラックを支えながら歩かせる。


「リール、傷押さえといてくれ」


 言われた通り、リールはブラックの後ろから傷を押さえながら歩く。歩くたびに吹き出す血にリールが震えているのに気づいて、ブラックは何度も「気にするな」と言った。そしてアラドにも頭を垂れた。


「すまん……」

「何、謝ってんだ、おまえ」


 アラドは顔をしかめながら、ブラックをそっと運んだ。






 たどたどしい歩みでようやく島の港に着くと、先に来ていたキット達も事の重大さに気づいた。元々みんなを子供の姿にするのに負荷が強くかかっているアラドは、既に限界のように疲れ切っている。それを見てカットとアクロスがブラックを支えるのを代わった。


「ブラック、ちょっと我慢しろよ!」


 アクロスがブラックに声をかけている間に、キットはリールに詰め寄っていた。


「リール! 今すぐおれを大人の姿に戻せ!」

「ダメだ」

「何を言っている!? 今がどんな事態か分かっているだろう!?」


 動こうとしないリールにブラックが声をかける。


「リール……おれは大丈夫……」


 リールは歯ぎしりするばかりで、やはり動こうとしない。キットはリールを引っぱたいた。


「おまえには失望したぞ」

「……勝手にしろよ」


 リールは低い声で答える。


「おまえ……!」


 アラドはリールを叩いたキットに詰め寄ろうとするが、ぜえぜえと荒く息をして、疲れ切っているために前に進めない。


「兄ちゃん、兄ちゃんは休んでて」


 リールはアラドを木の側まで連れていき、座らせる。座ったアラドは体力を回復するように目を閉じた。アラドが寝たのを確認すると、リールはボートに乗った。ブラックは既にアクロス、カットが協力して船室の中に入れている。


「アクロス、出港しろ」


 リールの命令に、アクロスは「了解」と答える。ボートが動き出すと、リールは電話をかけ始めた。


「……くそっ、ダンのバカ出ない」


 リールは別の番号にかける。


「イラン、ダンに伝えてくれ。港に兄ちゃんが寝ている。家まで運んでやるよう言ってくれ」


 それから今度はヤマシタに電話をかけ、車を用意しておくように言った。






 電話が終わったリールは横になっているブラックの所へ来て座る。キットとカットもブラックの傷を押さえながら座っている。


「何があった」


 キットが聞くが、リールは顔を歪ませるだけで返事しない。代わりにブラックが口を開いた。


「おれの不注意だ……リールは悪くない」


 その言葉を聞いて、リールは目を潤ませて肩を震わせる。ブラックは指先を伸ばして少し血の付いたままのリールの頬に触れた。


「すまん……泣かせるつもりじゃなかった」


 キットはブラックとリールをじっと見つめている。


「そ、そうだ。痛みを……」


 痛みを肩代わりしようとしたリールの手を、キットが止める。


「やめろ。状態が分からなくなる。今は痛みがこいつの意識を保たせているんだ」

「ぼくは、ぼくは……」


 何もしてやれないのか、そう言いたそうに涙を浮かべてうつむいた。






 港に着き、ブラックを下ろそうとした時、リールは気づく。


「お、大人に戻さなきゃ……あ、服……」

「おれのを使え。背は同じくらいだ」


 アクロスが自分の服を出してくる。


「おれ達がやろう」


 キットとカットは、ブラックの服を脱がそうと手を伸ばす。しかしリールがそれを振り払った。


「やめろ! ぼくがやる!」

「リール!」


 キットとカットは同時に叫んで、邪魔しようとするリールを睨む。リールはうつむいたまま答える。


「彼は……男が怖いんだ。君達みたいに大きな男は特に……」


 今は小さな子供の姿でしかないキットとカットは、意味が分からないと言うように顔をしかめる。リールは口を押さえて涙を流す。


「彼……男にレイプされた事があるんだよ……!」

「……え?」


 カットは眉をひそめる。


「ぼくも同じか……」


 リールはキット達には聞こえない声で呟く。キットは静かな表情で言う。


「今は違うだろう? 子供の姿だ。何を優先すべきか考えろ。おれ達はこいつに危害を加えない」


 その言葉を聞いたリールは、涙を溢れさせて子供のように何度も頷いた。


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