28-6.ブラック
青い海から大陸の港に着き、リールはボートから降りる。そのリールを追いかけるようにキットも陸に上がり、リールの手を取った。
「リール、約束だ。おれを大人に戻せ」
キットはまたリールの指をぺろっと舐める。あまりにも性的で積極的なキットの様子に、アクロスは思わず照れて目を逸らし、カットにも後ろを向かせる。
「なんだよ……」
カットはポケットに手を入れたまま、呆れたように呟く。リールは真っ赤になって、キットの手を振り払った。
「約束なんてしてないだろ!」
「拒むな。おまえがおれを好きな事はわかっている」
「かか、勝手な事言うな!」
キットはどんな反論も気にしないと言うように、にこにこと笑っている。アクロスはその様子に驚いたようにしながら、頭を掻く。
「なんなの、あいつ。なんであんな積極的になってるんだ?」
「いや、あいつの性格上、今までの方がおかしかった……と思う」
「でもちょっと盛りすぎじゃね?」
「うーん……ちょっと、な」
カットもキットの変化に首を傾げた。
リールはきつくキットを睨んでいる。
「絶対にしない……」
「なぜだ?」
「なぜって……せ、生理だし……」
リールはもごもごと口の中で呟く。
「生理? おれは構わないぞ?」
その瞬間、リールはキットを突き飛ばす。
「何言ってるんだよ! バカ! 変態!」
ボートに落ちかけたキットをアクロスが支える。
「いや、おまえ、さすがに気持ち悪いぞ」
キットは「フン」と鼻を鳴らす。リールは真っ赤になって叫ぶ。
「キ、キットなんか大嫌いだ!」
キットはアクロスに掴まれたまま、自分の親指をぺろっと舐める。
「おまえの大嫌いは、大好きにしか聞こえないんだよ。そのくせ隙だらけで、すぐ他の男につけこまれるときてる。それならさっさとモノにするしかないだろ」
リールは背を向けて、肩を震わせる。
「何も知らないくせに……!」
「フン、知ってほしければ話せ」
リールは肩越しにキットを睨みつけた。その目には少し涙が溜まっている。
「うるさい……! おまえなんか大嫌いだ……!」
リールは涙を拭いて、大股で歩き出す。
「今日の買い物は一人で行く」
「待て、おれも」
「おまえ、ちょっと待っとけって」
ついていこうとするキットをアクロスが止める。
「おれが行ってやる」
カットがボートからぴょんぴょんと飛び上がり、小走りでリールを追いかける。
「離せ、アクロス」
「今日はやめとけって」
キットがアクロスに止められている間に、リールとカットの姿が見えなくなる。キットはしゃがみこみ、肩を落とした。
「涙ながらの大嫌いは堪えるな……」
「おまえ、ちょっと頭冷やせ。いくらなんでもおかしいぞ」
「そうか? ん……少し興奮しすぎてたかもな。だがもう我慢する気はない」
アクロスはキットの変化に困惑しながらも、「そ、そーか」と答えた。
黙ったまますたすたと歩いていくリールの後ろを、カットが追いかけている。キットの目がもう届かないだろうという所まで来ると、ようやくリールは歩みを緩めた。再び目に湧いていた涙を拭う。
「……なんか、悪かったな」
「なんでカットが謝るのさ」
カットはリールの肩に手を回し、リールの肩をゆする。
「傷つけるやり方をしてほしい訳じゃないんだ。その時はおれが殴ってやるから、もう泣くな」
「優しくしないでよ……」
リールの目からはまた涙が溢れた。
リールの精神世界の中、もう一人のリールが頬杖をついて、椅子に座っている。
「キット……都合がいいじゃないか」
「嫌だ!」
リールが叫ぶ。
「彼にだけは抱かれたくない! 彼にだけは……!」
「誰かに抱かれなければ目的は果たせない」
「彼に……だけは……」
リールは頭を垂れてうなだれる。
「じゃあアラド、いや、ブラックか」
リールは歯を食いしばらせた。
それから数日後、生理が終わったリールは再びブラックを誘った。人目がないのを見計らって、壊れた椅子を修理していたブラックに声をかける。
「ねえ、ブラック……今夜、いいかな……」
ブラックはビクッと体を震わせる。
「だ、ダメだ……」
「明日……でも」
「ダメだ……!」
リールはうなだれて、視線を落とす。
「ご、ごめん……忘れて……」
立ち去ろうとするリールを、ブラックは引き止める。
「ま、待て……! やっぱり、する……!」
リールは少し振り返る。
「……今度は、最後までしてくれる……?」
「ダメだ……!」
「どうして……?」
ブラックは肩を震わせているだけで答えない。リールはブラックに向き直り、少し涙目になって叫ぶ。
「嫌なら嫌って、はっきり言ってよ!」
「嫌じゃない……!」
ブラックも辛そうに顔をしかめている。
「じゃ、なんで……!?」
「愛してる……から」
「意味わかんないよ! 愛してるなら、してよ!」
「ダメだ……!」
「どうして!?」
「したら、おまえは泣く……!」
「わかんないよ、ブラック! 途中まではしてくれたじゃない!」
ブラックは拳を握り震わせる。
「他の男には触らせたくない。でも次、我慢できる自信がない。おまえを、泣かせたくない……!」
リールは涙を流す。
「なんでぼくが泣くんだよ! ぼくが頼んでるんだ!」
ブラックは苦痛に満ちた表情でリールを見る。
「泣かせたくない……!」
「わかんないよ、ブラック!」
その時、向こうからブラックとリールを見つけたアラドが声をかけてきた。
「リール!」
リールはその声に体をびくつかせる。
「どうした? 何があった?」
アラドが心配そうに走り寄ってくる。リールは体を震わせた。
「な……ちが、ぼく……!」
ブラックはとっさに工具箱から尖った工具を取り出した。
「リール、気にするな」
アラドはリールの側に駆け寄り、少し様子のおかしいリールを見た後、ブラックを睨みつける。
「リールに何したんだ、おまえ」
「おれの不注意だ。リールは悪くない」
「何言って……?」
アラドはブラックの後ろから、血が滴り落ちているのに気づく。ブラックの腰の後ろ側に工具が刺さっている。
「な!? おまえ、どうした!?」
そこでリールもブラックがケガしているのに気づいた。
「え……あ、ブラッ……」
「気にするな、大した傷じゃない」
ブラックはいつもの低い声をさらに低くして、呻くように答える。
「ブ、ブラック!」
リールは胸を掻きむしった。




