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子供の島の物語  作者: 真喜兎
第二十八話 ブラック
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28-5.ブラック

 それからリールとブラックはいつも通りの日を過ごした。あの日の夜の事は二人とも話題にしない。話す時もお互いにこやかに話している。だがキットとアラドには何か感じるものがあったようだった。


 アラドはリールに言う。


「リール、もうあまりブラックと二人きりになるな」

「何言ってるの、兄ちゃん。ブラックとは仕事の打ち合わせもあるのに」

「そう……なんだが……」


 アラドは明確な理由も言えず、ただ少し気を落ち込ませる。






 キットは夜にリールの家の方まで歩いてきて、二階のリールの部屋を眺めた。その道の反対側にイランの家があるのに気づいて、イランの家に入っていく。


 イランは普段アラド達の勉強を見ているため、明日の勉強の準備をしようとしていた所だった。


「キット、どうした?」


 キットはイランの後ろにある二階の階段に目をやる。


「おまえ、二階の部屋は使っているのか?」

「いや? そこは空きっぱなしだけど」

「おれが使ってもいいか」

「なんで?」

「リールの近くにいたい。それだけだ」


 イランは椅子の背もたれにもたれて、キットをじとっと見つめる。


「おまえ、おれからスケッチブック奪ったの忘れてないか」

「金は払ったろ」


 イランは「あのな」と呆れる。


「言っとくけど、おれあまり協力する気はないから」

「知ってる」

「……まあ、おまえの気持ちもわからないでもないけど」

「たまにでいい」


 イランは持っていたシャーペンで頭を掻く。


「……ち、しようがないな」

「うん。おまえならそう言うと思った」

「計算づくかよ」

「おまえは手を出さないからな」


 キットが言うのは、もちろん「リールに」という事だ。イランはちょっと悔しくなって突っかかる。


「危ない時もあったけどな」

「……それでも手を出さないのがおまえだ」

「ちょっとむかつくぞ、おまえ」


 キットはニッと笑う。


「おまえはおれの敵じゃない」

「おまえ、やっぱりむかつく」


 イランはいつものあまり変わらない表情で、軽く憤慨する様子を見せるが、キットはにやっと笑ったままだ。


「おまえは自分の気持ちに鈍すぎる。おれの敵になりたければ、直球で来い。渡さないがな」


 イランは少しため息をつく。


「ハア……おまえのそういう所はちょっとかっこいいと思うわ」

「フフン、敵を認めるようじゃダメだな」

「おまえ、出禁にするぞ」


 キットはにこにこ笑う。


「しないだろ?」


 そう言いながら、キットは二階に上っていく。


「くそ、おれ性格読まれてるな……」


 イランの呟きを背にして、キットは二階の部屋に入り、そこから通じるベランダに出る。


 そこからはリールの部屋の様子が見えた。夜だというのにリールはちゃんとカーテンを閉めていない。リールはパジャマのズボンを脱いでいる所だった。どうやら寝る時はズボンを履かないのが癖らしい。リールのすらっとした白い足が見える。


「これはやばいな……」


 キットは部屋に戻り、走るように階段を下りていく。


「イラン、二階には絶対に行くなよ」

「ああ別に普段から行かないけど」


 キットはイランの返事もろくに聞かず、飛び出していった。






 キットはリールの家に入り、リールの部屋のドアをノックした。


「誰? 兄ちゃん?」


 中から声が聞こえる。


「おれだ」

「キ……キット? ちょっと待って」


 ドアが開かれ、ズボンを履いたリールがキットを覗く。


「何? こんな時間に」

「顔が見たくなった。少し散歩しないか?」

「い、いいけど……」


 リールは戸惑いながらも、パジャマ姿のまま、キットについて外に出ていった。





 月夜の中を二人は特に何かを話すでもなく歩いていく。少し開けた広場まで来ると、キットは立ち止まる。


「リール」

「何?」


 キットはリールに向き直り、リールの手を取った。そして背の高いリールを、妖しい光の灯った目で見上げ、リールの指の先をぺろっと舐めた。


「明日の買い出しの日、しよう」


 リールは慌ててキットの手を払いのけ、自分の手を後ろに隠す。


「な、何言ってるんだ、突然」

「我慢できなくなった。他の男に取られる前に取る」


 その言い方にはリールは少しカチンときた。怯みながらもキットを睨む。


「……嫌だよ」


 キットはにこにこと笑っている。


「今でもいいぞ?」

「本当に何言ってるんだ……?」


 キットは確かに奥手ではないが、ここまで直情的な態度も今までなかった。さすがのリールも訝しむような表情が隠せずに、少し後ずさる。そんなリールを見ながら、キットは親指を口元へ持っていき、舌でなぶる。


「おれはおまえに狂っているんだよ。これ以上我慢なんかできるか。おれのものになれ。愛してやる」

「き、君はできないだろう!」


 リールは思わずキットにとって一番ダメージのあると思われる言葉を吐く。しかしキットは一瞬驚いただけで、次の瞬間には、くっと口を歪めて笑った。


「試してみるか?」


 リールはたじろいで下がる。キットはリールの頭からつま先までねっとりと眺める。


「まあいいさ。やるならじっくりやりたいしな。戻るか。明日が楽しみだな」


 リールを家まで送ったキットはリールに言う。


「カーテンはちゃんと閉めろよ」

「……?」


 リールはよく分からないまま、部屋に入り窓の方へ行く。確かにカーテンは開かれたままだ。閉めようとしたリールは、ふとイランの家の二階に目をやった。そのベランダには人影があった。離れてはいるが、目が合ったように感じた。


「な、なんでキットがイランの家に……?」


 リールはざっとカーテンを閉めた。






 翌朝、リール、キット、カット、アクロスは買い出しのため、ボートに乗る。大陸の港に着くまでの間、キットはまるで鼻歌でも歌いだしそうなほどご機嫌だった。アクロスがそんなキットを困惑したように見る。


「どうしたんだ、おまえ」

「考えるのをやめた。カットが正しかった。手に入れてから考えればいいだけだ」

「お、おう……?」


 キットはずっとチャンスを待っていた。リールを手に入れるためには、この島の計画とやらが終わるのを待つのも一つの手かと思っていた。だが言葉ではなく、本能で感じた。いつまでも待っているだけでは、他の男に取られる。


 キットは自分がそれまで女性が抱けなかった事など完全に忘れた。掻き立てられた欲情に、男としての自信を取り戻していた。


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