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子供の島の物語  作者: 真喜兎
第四話 エドアルド・カフカス
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4-7.エドアルド・カフカス

 エドアルドとラウスはカットが落ち着くのを待って、黙ってそれぞれの飲み物を飲んでいた。するとこの家の二階に部屋を持っているタルタオが顔を出してきた。


「ちょっとなんですか。うるさいですよ」

「あ、ごめん」


 思わずエドアルドが謝る。タルタオは階段を下りてきて、空いているソファに座った。


「ったく、安眠妨害もいい所ですよ。わたしもください」


 タルタオはラウスと同じ飲み物をもらうと、「ありがとうございます」と言って口をつける。


「もう寝てたの?」

「いえ、瞑想していただけです」


 タルタオは宗教家らしい。そういう話をした後「それで?」と言いながらカットを顎で指す。


「ごめん、急に泣きだしちゃって」


 エドアルドがカットを連れてきた経緯を説明すると、タルタオは「そうですか」とあまり興味もなさそうな顔で頷く。


「彼女の名前? 振られた?」


 ラウスがようやく核心を聞く気になったのか、口を出す。


「さあ、そうかも」


 エドアルドに分かるわけがないが、タルタオも何も答えようとしないのでとりあえず返事する。三人はそのまま雑談していた。そうしている内にカットから泣き声が聞こえなくなった。テーブルに突っ伏したまま、代わりに寝息が聞こえてくる。


「寝た……?」

「寝ましたね」

「どうしよう、これ」


 エドアルドが困惑気味にカットを指差すと、タルタオは立ち上がって部屋に帰りだす。


「あなたが連れてきたんでしょ。わたしはもう部屋に入りますよ。あなたも早く寝る準備をして早めに寝なさい。この子供の姿はあなたが思っている以上にエネルギーを使っている。眠らないと持ちませんよ」

「わかった」


 タルタオが去ると、ラウスはまた仕方ないなとでも言いたげな顔をして立ち上がった。そしてぼそっと呟くように言った。


「君が来てよかったよ」

「え?」

「いや、彼ら……有尾人も普通の人間だったんだな、なんて」


 ラウスは少し困ったように笑う。有尾人も涙を流す人間なのだと、ラウスはようやく理解したようだった。しかしエドアルドにその意味は分からず、ただ頭に疑問符を浮かべる。ラウスは家の玄関に向かった。


「イランの所に余っている毛布があったはずだから、持ってくるよ」


 リビングはエアコンが効いて少し冷えていた。ラウスは家を出て行き、しばらくすると毛布を持ってきて寝ているカットにかぶせた。






 それからどれくらいの時間が経ったか、カットは目を覚ました。電気がついたままのリビングで、エドアルド一人が長椅子に寝ていた。エドアルドは風呂に入った後、またリビングでカットの様子を見ていたのだ。


「おい……おい」


 カットはエドアルドを揺らして起こす。


「ん? ……あれ、今、何時? ふぁ、カットが起きるの待っとこうかと思ったんだけど、結局寝ちゃった」


 昼にたくさん寝たとはいえ、やはりタルタオの言う通りこの姿を維持するのにはエネルギーを使っているらしい。エドアルドはあくびを繰り返し、眠い目をこすりながら立ち上がった。


「ごめん、ぼく部屋でまた寝る」


 ふらふらと玄関に近い部屋に入って行こうとするエドアルドを、カットは見つめた。自分達に偏りがあるかと思えるような言葉を吐く割に、こうして側に寄り添ってくれる。そんなエドアルドをカットは理解しがたいと感じたが、でもたぶんこいつは嘘偽りがない人間なんだろうと思い直した。エドアルドがドアを閉める前に声をかける。


「おい、エドアルド」

「何?」


 エドアルドは半分目を閉じたまま振り返る。やはりエドアルドはカットを邪険にしない。


「また、泣きに来ていいか。あいつの前じゃ泣けないから」

「いいよ。んじゃおやすみ」


 エドアルドは気心知れた友人のように、あっさりと返事した。カットはそのままエドアルドがドアを閉めるのを見届けると、外に出て夏の夜空を見上げながら鼻をすすった。


「変な奴だな」


 カットはゆっくりと自分の家に帰っていった。






 翌日からエドアルドは洗濯や風呂掃除の仕事を始めた。洗濯なんか自分でやらせればいいのにと思ったけれど、「放っとくと溜めこんじゃう子がいるんだよね」と、リールは答える。


「甘やかしすぎじゃない?」


 そう言うと、リールは「ぼくも家事は苦手だからなあ」と笑った。今日は島内の点検をすると言うので、午後はドル達と島探検をした。ボートが着いた桟橋のある場所と反対側の方にはビーチもあって、ドル達と今度泳ぎに来ようと約束した。


 そんな感じでその日も次の日も過ぎた。時は穏やかに流れていて、ほんの数日でもずいぶんリラックスした気持ちになれた。






 本当のぼくはただの臆病者で卑怯者だった。姉さんにひどい仕打ちをした男を責める事もできない。それどころか弄んだ女の弟がぼくだと(わら)われる事を恐れた。


 姉さんを守る事も大切に思う事もできない自分が嫌だった。自分が無力で、意味のない存在に思えた。だから彼女達に声をかけた。誰かを助けてあげたかった。


 結局ぼくはただ自分勝手な人間だ。姉さんを忘れて、普通に生きようとしている。






 エドアルドはまた姉の事を思い出したが、「ふう」とため息をついてそれを忘れようとした。気持ちを切り替えるために、気になっていた子達に話しかけてみようと決心した。


 夕食の時間にエドアルドは自分に配られた食事を持って、有尾人の子達がいる座敷の席に向かう。赤茶けた髪のキット達の隣のテーブルには、毛色の違う銀色の髪の子達がいる。


「ねえ、今日はそっちで食べてもいい?」

「おう、いいぞ」


 以前もう一人の子に「じいちゃん」と呼ばれていた子は、抵抗もなくすんなりと返事する。その子の名前はカールで、じいちゃんと呼んでいる方がポテトだ。


「おれは嫌だ。海蛮人(かいばんじん)なんかと」

「カイバンジン……?」


 ポテトは不満そうにしているが、エドアルドは言葉の意味がわからなかったので構わず二人の前の席にお盆を置く。隣にはグルジアという子がいる。猫背で、屋内でも帽子をかぶっている子だ。見る限り尻尾はないし、グルジアは有尾人ではないようだ。キット、カットについているアクロスと同じように、有尾人でないけど有尾人とつるんでいる人なんだろう。


 エドアルドはグルジアにも軽く挨拶して、そこに座った。


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