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子供の島の物語  作者: 真喜兎
第二十八話 ブラック
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28-1.ブラック

 真っ暗闇の精神世界の中、メサィアと呼ばれる少年が椅子に座り、肘掛けに肘を置いて頬杖をついている。


「そろそろ心を決めたらどうだ?」


 少年の静かな声が響く。少年の前には同じく椅子に座ったリールがいる。リールは顔をしかめて、自分にそっくりなその少年を見ている。


「ぼくに、彼を傷つけろと言うのか……!?」

「ぼくは彼じゃなくてもいい。キットやアラド……おまえが望むなら他の者でも」

「ぼくは……」


 リールはうなだれるようにうつむいた。






 子供の島の天気は今日も快晴だった。その中をブラックが汗を滲ませながら、食堂に向かっている。ブラックは刈り上げられた焦げ茶色の髪に、少し遠くを見ているような濃い茶色の目を持った寡黙な少年だ。大人の時の年齢は十九歳だが、今は十二歳くらいの少年の姿になっている。


 ブラックは午前中と午後の決まった時間に勉強会に参加して、その後は倉庫の整理をしたり、島内の掃除をしたりする。食事を作るのは苦手なので、キッチンの用事以外ならなんでもやっている。この島に来る前の故郷の国では、盗みを働き収監された経歴があるが、それは生活苦からやむにやまれず行った事で、普段は真面目な少年だ。


 道の途中、ちょうど他の子の目がない所で、ブラックはリールに声をかけられた。


「ブラック」

「なんだ?」

「……今日、遅くに頼みたい事がある。十時……くらいに」


 いつもにこやかに話しかけてくるリールが、どこか神妙な面持ちをしている。ブラックは(寝ている時間だな)と思う。子供の島の住人はみな大人の姿から子供の姿に変えられているという事で、体に負荷がかかっているため、早い子なら八時、遅い子でも九時半くらいには寝てしまう。


 しかしブラックはリールの頼みを断ろうとは、少しも思っていなかった。かつて望まない職について苦しんでいたブラックは、リールに救われた。だからリールの言う事なら、百パーセントどんな頼みでも聞こうと思っている。


「わかった。ダンに頼んで、午後に休みを取らせてもらう」

「うん……」


 リールはあまり視線を合わせないようにするかのように、少し下を見たまま頷いた。






 午後は勉強会に参加せず、ダンと一緒に草刈りをする予定だったのだが、ブラックはダンに休みを取ると伝えた。


「珍しいな。おまえが休み取りたがるなんて。具合でも悪いのか?」

「いや……少し疲れただけだ」


 リールに何か頼まれたからだとは言わなかった。夜中に自分を呼び出すなんて、リールにどんな事情があるか分からない。それを他の者に気取らせるような事はしない。


「そうか。まあおまえは働きすぎだ。気にしないで休めよ」

「すまない」






 それからブラックは昼寝をして夕方に風呂に入り、その後いつも通り食堂で夕食を取った。夕食が終わった後は、勉強したり家の片づけをしたりして九時前には寝てしまうのだが、今日はぼーっと勉強の本を眺めながら起きていた。


 リールの頼みならどんなに汚い事でも、危険な事でもやる。ブラックはそのつもりだった。


 十時近くになり、ブラックはほとんど外灯のない島の暗い道を、リールの家の方に歩いていく。すると向こうから羽織を肩にかけたリールが歩いてきて、ブラックと鉢合わせた。


「リール」

「ブラック」


 ブラックがリールの名を呼ぶと、リールの声が返ってきた。リールとブラックは立ち止まる。リールはすぐには喋らない。ブラックは暗い中でもどうにかリールの表情を見ようと、じっとリールを見つめた。やはりいつものリールの様子と違う。ブラックは再度リールの名を呼ぶ。


「リール」

「ご、ごめん。やっぱり今日は……」


 リールの声は少し震えているようにも聞こえる。


「リール、どうした?」


 ブラックは一歩リールに近寄る。リールはビクッと体を震わせ、羽織をぎゅっと握る。


「……ぜ、絶対に誰にも言わないで……」

「当然だ」


 ブラックがそう答えると、リールは少しうつむいて、しばらく言いにくそうに口を動かした後、小さな声で言った。


「な、慰めてほしい」

「何かあったのか?」

「違う……ぼ、ぼくの体をだ」


 一瞬聞き違えかとも思えたリールの言葉に、ブラックは返事をする事を忘れた。


「い、意味分かる……だろう?」


 ブラックの体は動きを止めて、唇も動かす事はできない。流れる沈黙に耐えきれなくなったように、リールは手で顔を覆う。


「ご、ごめん、やっぱり忘れて……」


 思考が止まっていたブラックだったが、背を向けようとしたリールの手をとっさに取る。手には汗が滲んでいた。それでもブラックはリールの手をぎゅっと握る。


「おれの家でいい……か?」


 リールの震えた手がブラックの手を握り返した。






「カイナルももう寝てるはず……」


 ブラックの言葉通り、ブラックと一緒に住んでいるカイナルはリビングにはいなかった。ブラックはリールの手を引いて、カイナルの絵を描いている部屋とリビングを挟んで反対側にある自分の部屋に入る。カイナルが寝ている部屋は、カイナルが絵を描いてある部屋の奥だから、多少の物音がしてもカイナルは気づかないはずだ。


 部屋に入ったブラックは電気もつけず、リールに背を向けたまま震えて言った。


「ど、どうすればいい……」


 ブラックは女性に触れた経験はない。ましてやほとんど崇拝するように想っているリールを、どう扱っていいのかなんて分かるはずもない。リールは小さい声で言う。


「大人に戻す……から」


 ブラックはとっさにタンスの下段から、大人用の服を取り出した。


「服……脱いで」


 ブラックの思考はほとんど停止していた。言われるまま服を脱ぐ。


「下着も、脱いだ方がいいと思う。大人に戻すと小っちゃくなっちゃうと思うから……」


 少しためらったが、ブラックはリールに背を向けたまま下着も脱いだ。リールがブラックの背に手を当てる。ブラックはどくんと心臓が波打って、体が大きくなっていくのを感じた。


 子供の姿から大人に戻る時は体に痛みが走る。だがブラックは痛みを感じなかった。リールがその痛みを肩代わりしたからだ。ブラックはその事を知らない。痛みに耐えるように吐いたリールの吐息が背中にかかった事に驚いて、体を震わせた。


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