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子供の島の物語  作者: 真喜兎
第二十七話 スケッチブック
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27-1.スケッチブック

 この子供の島には十二歳くらいの少年少女達が住んでいる。と言っても、ほとんどの子はみな元は大人だ。この島の中で唯一、十八歳くらいの姿をしたリールという女の子の魔法で、みんな子供の姿になっている。






 リールはウルフカットの金色の髪と、金色の目を持っている。身長は百七十八センチメートルで、いつも男物のシャツとスキニーパンツを着ている。そのため知らない人からはよく男の子に間違われる。


 そのリールに恋心を抱いている子が何人かいるが、その内の一人がキットという子だ。


 キットは今は十二歳くらいの姿だが、実際は二十三歳になる立派な青年だ。有尾人という尻尾が生えた種族の子で、耳にも毛が生えている。大人になると身長が百九十二センチメートルになり、精悍な顔立ちをした筋肉質な男性になる。十二歳くらいの子供の姿の時は百四十五センチメートルと、身長が低めだが、それでも肉付きがよく、力が強い。


 大人の時のキットは女性が抱けなかった。有尾人の一族の頭領にならなければならない自分の運命と、世界に出て立場の弱い有尾人の地位を向上させたいという思いが、いつもキットの中で交錯しあい、有尾人の地に自分を縛りつける枷である嫁をいつまでも取る事ができなかった。


 しかしリールと出会った事で、自分には愛する者が必要だと知り、同時に故郷である有尾人の地を去る事を決意する。


 キットは一度は抱きかけたリールに恋焦がれ、リールを追い求めたが、リールはもうその想いには応えなくなっていた。それでもキットは諦めない。この子供の島でリールの側にいる事で、再びリールの心を取り戻すチャンスを待っていた。






「キット」


 リールが優しげな笑みを浮かべてキットの名を呼ぶ。出会った頃のような無邪気な笑顔だ。キットは胸がいっぱいになって、リールの元へ走り寄る。子供の姿だった体が、大人の姿へと戻る。するといつの間にか二人とも一糸まとわぬ姿になっていた。


 リールを見下ろせる高さになったキットは、そっとリールの頬に触れる。リールは逃げない。キットはゆっくりとリールの唇に顔を近づけていった。


 そこで目が覚めた。とっさに腕の中にいたはずのリールを探す。しかしそれが夢だったと理解するのに数秒もいらなかった。


 キットは脱力して、また布団に倒れた。






 キットはいつもの習慣で朝風呂を浴び、雑に拭いただけの頭をぶんぶんと振る。後ろからは同じく朝風呂を浴びた弟のカットが、あくびをしながらついてくる。道の途中でアクロスも「おはよ」と声をかけながら合流してきた。


 三人は揃って食堂に入る。食事の準備に動き回る子や、食堂に集まってくる子達を見ながら、入り口に近い座敷の席に着く。


 アクロスは一リットル入りのジュースパックを持ってきて、それを飲みだす。カットは何の備蓄が多すぎるだとか、あれは少し足りないとか話している。


 キットはそれを聞きながら、目線はぼーっとリールがいつも座る席を見ていた。


 やがて朝の食事が運ばれてくる。キットはそれを見てぺろっと親指を舐める。食事を前にするとたまにやってしまうキットの癖だ。


 食事が運ばれてきたのとほぼ同時に、リールがアラドと談笑しながら食堂に入ってくる。いつも自分の前ではあまり笑わないのに、とアラドに軽く嫉妬心を燃やしながらも、それでもリールが笑顔でいると安心する。


 キット、カット、アクロスは朝からしっかり食べるため、量は多めなのだが、キットはあっという間に食事を平らげた。それからまたぼーっとリールの方を見る。見ながら無意識に親指をぺろっと舐める。






 朝の夢が頭をよぎる。今のリールは頑なにキットの気持ちを受け入れないが、いつか朝の夢が現実になる時は来る。キットはそう思って、少し不安な気持ちを頭を振って吹き飛ばす。アクロスがどうしたんだ? と言いたげな視線を向けてきたが、キットは気にせず立ち上がった。


 リールも食べ終わって食器を片付けるために立ち上がったのが見えたから、キットは食堂の外で待っていた。今日入荷する分の食材や消耗品の確認をリールとするためだ。


 リールはいつもの感情の見えにくい顔で、キットと打ち合わせを終えた。キットはそんなリールを恨めしそうに見る。


「何?」


 キットの視線に気づいて、リールは小首を傾げる。


「いや……」

「じゃあぼく行くよ?」


 今日は街に買い出しに行く予定はないので、リールは荷物の入荷にはついてこない。リールが背を向けて歩いていくのをキットはじっと見つめた。


 金色のショートヘアの髪が風に揺れる。それを眩しく見ながらも、そのまま肩、腰、お尻、足も思わず眺めてしまう。


 男性に間違われやすいリールだったが、キットから見ればそれは全部女のそれだった。身長さえあれば後ろからぎゅっと抱きしめてしまいたい。しかし今の子供の姿ではそんな事もできない。キットは少しため息をついて、商品の入荷に向かった。






 仕事が終わって空き時間ができると、キットはアクロスに共通語の読み書きを教えてもらう。今はリールの不思議な力で他の子達と意思疎通ができているが、本来のキット達の言語はみんなと違うものだ。街に出てリールと離れると、言葉が通じない事が多々ある。


 カットも同様にアクロスに教えてもらうのだが、カットはすぐに根を上げて畳の上に転がってしまう。


 キットは構わず勉強を続ける。キットが勉強に意欲的なのは、尻尾のない人間達に負けたくないからだ。有尾人の立場が弱いのは、世界の事をあまり知らないせいだと思っている。だから言葉以外にも、文化の違いなどで分からない事をよくアクロスに尋ねる。


 そうして勉強を終え、夕食も済ませると、共同風呂へ向かう。キット、カットは汗をよくかくため、朝、晩の二回風呂に入る。


 キットは頭からシャワーを浴びながら、はあっとため息をつく。


「どうした、キット」


 隣で頭を洗っていたカットが、うつむいたままのキットを気にして声をかける。


「いや……」


 キットはまた朝の夢を思い出していた。リールの笑顔が胸を締めつける。


「抱きたい……」


 キットの呟きはシャワーの音に流された。


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