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子供の島の物語  作者: 真喜兎
第二十六話 イラン・パネヴェジス
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26-4.イラン・パネヴェジス

 イランは近くのファミレスに入り、レイリールと名乗ったその子と食事をした。


「リールでいいよ。みんなからはそう呼ばれてる」

「おれはイラン。リールは外国人……だよな? なんでこの国に?」


 リールは仕事で来たと答えた。自分より年下に見えるリールが、国をまたいだ仕事をしているというのはイランに劣等感を抱かせたが、だがすぐにそんな事は忘れてしまえるほど、リールと話した時間は楽しかった。


 普段は人と話が弾むような気の利いた事など言えない。けれど、リールは無理なくイランの話を聞いてくれ、そしてイランの言葉ににこにこと笑いながら答えてくれていた。


 すっかり気安くなり、思ったより長い時間をファミレスで過ごした。






 時間も十時を回り、そろそろホテルに帰るよというリールを、イランはまた引き留めた。


「よければ……おれの家に来ないか? 狭い所だけど」


 イランは内心ドキドキしながら言った。女の子をそんな風に誘うなんて初めてだった。ガールフレンドがいた事はあるが、向こうから告白されて、向こうから誘ってくるのを待って、自分からはほとんど何も動かなかった。そしたらいつの間にか自然消滅していた。そんな事が二回あった。


「ごめんね、ぼく今日は疲れてるから……」


 そう言うリールにイランは食い下がった。


「おれの家、近くだから! おれの家で休んでいけよ」


 なぜそんなにもリールを引き止めたがるのか、その時のイランには分からなかった。ただ久々に人と楽しい時間を過ごした事で、それが終わってしまう事に未練があったのかもしれない。遠慮するリールを半ば強引に連れ、バイト先とは違うコンビニに入り、食後のスイーツを買う。そして酒にも手を伸ばしかける。


「リール、おまえって歳いくつ? 酒は飲める?」

「んー、ぼく十八……って事にしとこうかな。ぼくお酒は飲むなって言われてるんだよね」

「そうか、じゃお茶でいい?」

「うん」






 それからイランは自分が住んでいるアパートの一室にリールを案内する。部屋の中には万年床の布団と、ネットサーフィンやゲームをしているパソコン、散らかった服や漫画、空いたカップラーメンのゴミなどがあった。


「ちょ、ちょっと待ってな。少し片づけるから……!」

「ぼくも手伝うよ」


 リールはゴミとそうでない物を丁寧に選り分けながら部屋を片付け始め、無造作に投げられている服を畳む。イランは部屋を片付けておかなかったのを後悔しながら、なんとかきれいになったと言えるくらいの部屋にした。そしてからイランは立ち上がる。


「おれ、ちょっとシャワー浴びてくるから」

「ああ、じゃあぼくもう帰るよ」

「いや! いや、ゆっくりしてけよ。すぐ出るから、待っててくれ」

「そう?」


 リールはちょっと困ったような顔をしながらも、床にぺたんと座る。イランはものの数分でシャワーを終わらせ、リールが帰っていないのを見て安心する。焦っていたのを悟られないようにしながら、リールにもシャワーを勧める。


「リールもシャワー浴びるか? シャツはおれの貸すよ」

「ん、でも」

「別にホテルに必ず帰らなきゃいけないって事もないんだろ? 今日は……泊まってけよ」


 イランは自分が女の子を家に誘った理由を、下心が湧いたからだと結論付けた。実際リールは男の子のような顔はしているが、美人だ。じっと見ているとむしろそれが魅力的に思えてくるくらいかわいい。こんなかわいい女の子を部屋に招いてやる事は一つだろうと、イランは自分の心を決めた。


 リールはそれを理解したのか分からないが、「そこまで言うなら……」と、シャワーに立つ。そしてリールがシャワーを浴びている間、イランは鼓動を早くしながら待っていた。






 やがてリールはシャワーから上がってきた。シャツはイランのものを借りているが、ズボンはきっちり自分の物を履いている。イランはいつリールにキスして、本題に入るかどうか必死で考えていた。しかしリールに無邪気ににこっと笑われると、どう手を出していいものか分からない。


「ありがとう、今日は悲しい事があって落ち込んでたけど、少しすっきりしたよ」


 リールがそう言うのを聞くと、ますます手を出しづらくなった。イランは平静を装って聞く。


「何があったんだ?」

「ん、訪ねて行った子がね、もう亡くなってたんだ」

「そ、そうなのか」

「でも君と話して楽しかったから、気持ちが軽くなったよ」


 リールに最初に感じた寂しそうな雰囲気の正体が分かった。イランはタイミングを逸して、なんとなくお茶を勧める。お酒を買っておけばよかったと思った。お酒の力を借りれば、多少強引にでも、する雰囲気に持ち込めたかもしれないのに。


 リールは大きく伸びをする。


「ああー、疲れたなあ。少し横になってもいい?」

「あ、おれの布団でよければ、こっちで寝ろよ」

「いいの? 君の布団、占領しちゃうよ?」

「いいよ。おれが誘ったんだし」

「フフ、ありがとう。君って優しいんだねえ」


 リールが布団に潜り込んでいる横で、イランはペットボトルのお茶を飲む。イランは、ここだ、今しかない、と自分を奮い立たせようとしていた。その間にリールが仰向けになったまま喋りだす。


「ぼくはね、自分が歪な存在に感じるんだ。それでも何かを成したいと願ってきた。けれどそう願えば願うほど、うまくいかない事ばかりで、ぼくは疲れてしまった」


 イランはどきっとした。歪な存在という言葉はまるで自分の心の中を吐露したもののように感じる。だがリールはそれでももがいた。何かをしようとしてきた。たったそれだけの言葉からでもそれは分かる。


 でも自分はどうだ。何も目指さず、何も成せず、だらだらと一日を生きているだけ。誰のためにもならない。誰も……微笑んでくれさえしない。リールだけが、迷惑をかけたのに自分の目を見て笑ってくれた。話していて楽しそうにしてくれた。誘いを断らないでいてくれた。


 リールがいてくれれば、もっと何かが変わるんじゃないのか? 今まで何に対してもあまり動いてこなかった心が動くんじゃないのか?


 心臓が熱くどくん、どくんと動き始めている気がする。イランはリールに近づいた。


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