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子供の島の物語  作者: 真喜兎
第二十六話 イラン・パネヴェジス
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26-3.イラン・パネヴェジス

 朝食の済んだラウスは、イランの調子が悪いようだから今日の勉強会は中止だと言い、その後アラド一人に声をかける。


「イランの様子が変? それでおれにどうしろって?」

「まあどうにか元気づけてあげてよ。君が一番彼に世話になってるんだからさ」

「だからどうすれば」

「じゃ、頼んだよ」


 さっさと行ってしまったラウスを恨めしそうに見ながら、アラドは舌打ちする。


「ちぇっ、なんだよ」






 アラドはとりあえずイランの家に向かった。イランは家でいつものようにパソコンの前に座っていた。イランは椅子を回してアラドに向き直る。


「何か用か?」


 イランは普段の何も感じてないかのような表情と変わらない。アラドはそんなイランを見ながら、アンナに包んでもらった朝食を差し出す。


「朝食、持ってきたけど」

「ああ、サンキュ」


 イランは渡されたサンドイッチを頬張る。一口食べると、なんかもう充分だという気がした。お腹が減っている気はするのだが、食欲が湧かない。イランが軽くため息をつきながらサンドイッチを紙包みの中に戻している間に、アラドはいつも勉強している椅子に座った。イランはそんなアラドに無感情な視線を送る。


「今日は家で勉強しろよ。おれちょっと調子悪いんだ」

「ああ、そう……みたいだな」


 アラドはそう答えるも動かない。何か言いたそうにしているが、言うべき言葉が思いつかないようにイランを睨んでいる。


「帰れって」


 イランが言うと、アラドは顔をしかめた。


「……むかつく」

「何?」

「なんか今日のおまえ、すげえイラつく」


 イランは椅子を回して、アラドに正対する。


「何も話してもないだろ。イラつくなら出ていけよ」

「それがなんかむかつくんだよ」

「それってなんだよ。意味わかんねえ事言ってんじゃねえよ」

「おまえの事だよ。何かすげーむかつくんだよ」

「同じ事ばっか言ってんじゃねえよ。むかつくのはおまえの方だよ」

「ああ?」


 アラドが顔をしかめると、イランも声を荒げる。


「出てけよ! さっさと出ろ!」

「嫌だ」

「は?」

「おれは漫画読む」


 そう言ってアラドは立ち上がり、漫画のある部屋へ行く。そして漫画を持ってきてまた椅子に座る。パラパラと漫画をめくっているアラドを見て、イランはパソコンに向き直った。


「意味わかんねえ」


 イランはなんとなくまた食べかけだったサンドイッチを食べ、その後は意味もなくマウスを転がし、パソコンの画面をクリックしていく。






 しばらく沈黙が続いた。アラドも漫画に目を落としたまま何も喋らなかった。数十分経って頭の冷えてきたイランは頭を振り、そしてからふーっと息を吐いた。


「情けねーな、おれ。おまえに心配されてるのか」

「意味わかんねー事言ってるんじゃねえよ」


 イランはパソコンの画面から、アラドは漫画から目を離さない。イランはそのまま話し出す。


「リールにさ、おまえなんか連れてこなければよかったって言われたよ」


 アラドは少し驚いたように顔を上げる。


「なんで?」


 イランはまだ後ろを向いたまま話す。


「あいつの一番知られたくない事を知ったからかな。いや、違うか。それをローリーに知られたからだ」

「何の話だ?」


 イランもようやく向き直る。


「おれはおまえや……キットもそれを知るべきだと思う。でもそれをおれの口から言っていいものかわからない。いや、でもそれを知る時にはもう遅いんだ」

「……わかるように話せ」

「この計画の目的は……」


 イランが喋りだそうとした時、イランの家のドアが開いた。そこに立っていたのはリールだった。


「イラン、君の家に兄ちゃんが行ったと聞いて」


 イランは背もたれにもたれて顔を上げる。


「おれは厳重警戒対象か」


 リールは厳しい顔でイランを見る。


「ラウスから話は聞いた。ぼくは君に出ていけなんて言わない。ぼくは君が好きだし、君がそれを知ったのは、ぼくがラウスに頼んだ事が原因だ」

「ラウスの依頼主っておまえだったのか……?」

「正確にはもう一人のぼく、メサィアと呼ばれるあいつだ。あいつ、保険のつもりなのかもしれないが、それが仇になったな……」


 リールは忌々しそうに顔をしかめる。


「イラン、余計な事は喋るな。ぼくにはぼくの人生がある。君にぼくの人生をどうこう言う権利なんてないはずだ」


 イランはキイっと椅子を鳴らす。


「リール、おれもおまえが好きだよ。でもだから、別の道を選んでほしい。それがローリーを救う事にもなる」

「……君に何が分かる」

「ハハ、その台詞、おれも言ったわ。……おまえの苦しみなんておれがわかるはずもない。けどさ、リール。らしくないよ、おまえ」


 イランは少し寂しそうに言った。


「おれからはもう言わない。だからもう一度考えてくれよ。みんなといる未来を」






 この島に来る少し前、まだ大人の姿だったイランは、日が落ちた薄暗い街の中、歩道橋の上で一人ぼーっと下を通る車のテールランプを眺めていた。手すりに肘をついたままタバコを吸い、ゆっくりと煙を吐く。ふとタバコが手から滑り落ちた。


 落とすつもりではなかった。とっさにタバコの行方を追って歩道橋の下を覗く。そのタバコは走る車の風に煽られ、下の歩道を歩いていた金色の髪の子の、背中側に落ちていくのが見えた。イランは慌てて歩道橋を駆け下りる。


「すいません! あなたの背中にタバコ落としちゃって……!」

「タバコ?」


 金色の髪の子が振り返ると、印象的な金色の目が見えた。イランはその子の背中側に回り、上着のフードに入っていたタバコを取り出す。


「すいません、火傷はしていないみたいだけど、服に穴が」

「ハハハ、いいよ。他の人じゃなくてよかったね」


 金色の髪の子は怒る事はなく、にこっと笑った。そしてそのまま行こうとするその子を、イランはとっさに呼び止める。


「あの! お詫びに食事でも一緒に、どうですか!」


 その子はショートヘアで男装していて、身長もイランと同じくらいだったが、イランはその子が女の子だという事はなんとなく分かった。なぜ彼女を呼び止める気になったのか、自分でもよく分からなかった。ただその子の笑顔が寂しそうに見えた事が、少し気になった。


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