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子供の島の物語  作者: 真喜兎
第二十六話 イラン・パネヴェジス
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26-2.イラン・パネヴェジス

 残ったイランはリールを見つめる。


「この島の計画は、おまえが死ぬためにあったって事か?」


 イランは冷静に状況を判断しようと、あえて抑揚もなく質問した。リールは歯ぎしりする。


「恨むぞ、イラン」


 イランの肩が一瞬ビクッと動いた。


「こんなにも早くローリーを苦しめる計画じゃなかったのに。おまえなんか、連れてくるんじゃなかった……!」


 イランは努めて表情を崩さないようにしているが、それでも指先が震える。立ち去ろうとするリールに、イランは拳を握り、精一杯、言葉を絞り出す。


「リール! 死ぬ……消えるなんて本気じゃない、だろ?」

「おまえに何がわかる」


 リールは瞳を潤ませてイランを睨み、そして歩き去っていった。






 イランはその後はいつものように夕食を済ませ、家でアラドの勉強を見た。アラドのテストの採点が終わり、アラドが間違った所を直している間、椅子の背にもたれてぼーっとしていた。


「……おい、イラン、おい」

「あ、ああ、何?」


 アラドは数回イランを呼んでいたらしく、放心しているイランを変な顔で見る。


「解き終わったよ」

「あ、ああ、そっか」


 イランは答えが合っているのを確認すると、アラドにテストを返す。アラドはそれに軽く目を通した後、立ち上がった。


「じゃあ、おれはもう帰って寝る」

「……おやすみ」


 イランは机の上で頬杖をつき、またぼーっとする。そしてしばらくしてアラドがいた椅子を見る。


「あれ……? あいついつ帰ったっけ?」


 イランはそれから共同風呂に行き、いつも同じ時間に入ってくるアクロスと一緒に風呂場に入る。


「なんかおまえ、ぼーっとしてる?」


 湯船に浸かっているアクロスは、シャワーの前で頭を洗っているイランに視線を投げかけている。


「いや、別に……」

「おまえ、頭洗うの三回目だよ」

「え、そ、そうか?」


 その後、エドアルドも入ってきて会話していたが、イランはずっと上の空だった。家に戻り、ベッドに潜り込む。だがまどろみかけた所で、はっと目を開いた。


(おれ、いつベッドに入った……? やべえ、頭回ってねえ)


 イランの頭の中ではリールの言葉が何度もこだましていた。


「おまえなんか、連れてくるんじゃなかった……!」


 またぼーっとしていると、目から涙が零れて布団のシーツを濡らした。






 いつも感じてた。おれはこの世界のどこにも当てはまらないパズルのピース。無理やりはまろうとしたって、違和感が消えない。どこにもなじめない……






 イランの頭の中にはかつてのアラドやカイナル、グルジアの言葉が響く。


「おまえ、いつからそんな詮索好きになったんだ?」

「あんたさあ、来た頃は他人に興味なさそうな顔してたくせに、何で今頃人の事嗅ぎまわってんの?」

「なんかおまえさん、最初の頃とだいぶ変わったな? もっととっつきにくい奴だと思ってたが」


 みんなイランが急に話を聞き出そうとしてきたのを不審に思っていた。それでも話を聞いている内に打ち解けてきたような気がしていたのに。


 元々人とうまくやれない。学生時代も上辺だけで話す奴はいたけれど、それ以上に人と仲良くなる事なんてなかった。






 ここでもか。そりゃそうだよな。子供の島なんてファンタジーに、おれなんかがいるのがそもそもおかしかったんだ。






 イランはベッドに横になったまま、天井を眺める。湧き出ていた涙はもう止まった。


(なんとか落ち着いたか。過ぎた事を考えてもしようがない。この後どうするか……)


 そのまま何も考えずにじっと天井を眺めていた。するとまた視界が潤んでくる。イランは目をこすって横になり、縮こまった。


(くそっ、全然落ち着いてねえ……!)


 イランはまんじりともせず夜を過ごした。朝になって起きたイランは鏡を見る。そこにはいつも通りの自分の顔がある。泣いても寝不足でも、あまり顔には出ない方だ。イランはぼそっと呟く。


「顔、合わせたくねえな……」


 そう思うと、また涙が出てきそうになった。


「落ち着け、落ち着け、なんでもない振りしてろ」


 イランは顔を洗って、外に出て、食堂に向かう。その途中でラウスが家から出てきた。ラウスは「おはよう」といつものにこやかな笑顔で挨拶してくる。イランも「おはよう」といつも通りに答える。いつも通りのつもりだったが、ラウスは何かに気づいたように首を傾げる。


「なんか元気ないね?」

「そうか?」

「何かあった?」


 イランはその質問には答えず、表情を見られないように歩き出す。


「……以前おまえが言ってた、この島の計画を調べるのに協力したらくれる報酬ってさ、今までの分はもらえるの?」

「それはもちろん……だけど、何があったの?」


 ラウスはイランを訝しげに見る。


「おまえ、いつもそれ聞くよな。でももうそれには答えられないわ」


 先に行こうとするイランをラウスは小走りで追いかける。


「……出ていく気?」


 ラウスがそう聞くと、イランの足が止まった。ラウスもイランの背中を見ながら歩みを止める。しばし沈黙があってから、イランは肩を震わせた。


「無理……だ。だっておれ、楽しかったんだ。この島に来て、誰かがいて、初めて楽しいと思ったんだ。離れたくねえよお……!」


 イランはようやく気持ちを絞り出した。ラウスはそんなイランを黙って見つめた。イランは深く息を吸って、自分を落ち着かせた。


「悪い。でも言ったらなんかすっきりしたわ。どっちにしてもさ、おれはこの島から追放されるんじゃないかな。ちょっとやりすぎた」

「……ぼくのせいか? ぼくが君に頼んだから……」

「違うよ。興味本位で、半端な思いで始めて、それで間違って、誰かを傷つけて、やり遂げる事もできないまま終わる。それがおれなんだよ」

「なんで君はそんなに……」


 ラウスの言葉は聞かずに、イランはくるっと振り返って家の方へ戻る。


「やっぱ食堂行けないわ。悪いけど、後で何か食べるもの持ってきてくれ」


 ラウスはすたすた歩いていくイランを険しい表情で見つめる。


「……らしくないぞ、イラン」


 イランは少しだけ振り返った。


「おまえにおれの何が分かるんだよ」


 イランは自分の家に入り、ドアを閉めると自嘲して笑った。


「ハハ……思春期のガキかっての」


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